2011年1月25日火曜日

財政出動論6 「需要」とは何か

       1財政有効性 重不況の経済学  ・・・その他《このブログ全体の目次

《概要》さまざまな需要不足対策(短期の視点の景気対策)を評価する前提として、需要の意味・範囲を整理しています。・・・・・・・・

    日本の長期停滞からの脱却対策として、インフレターゲット、円安、輸出競争力、金利、量的緩和、減税、公共投資、福祉拡大策などが俎上に昇っているが、にぎやかな議論にとらわれると問題が見えにくい。
    当たり前のことなのだが、財政出動論5を受けて、少しばかり基本的な整理として、こうしたさまざまな景気対策がどのようなプロセスで効果を生じるかを考え、それに基づいて、どのような対策が有効かを評価する視点を「念のため」整理(おさらい)しておこう。

    まず「短期」的視点では、経済の主な問題は「短期的な需要不足」なので、短期的視点で行われる上記の対策は、すべて『需要』(拡大)に働きかけることを目的としている。そこで、その問題に入る前に、まず「需要」とは何かを整理しよう。

1 では「需要」とは何か
    取引には、「GDPにカウントされる取引」と「されない取引」がある。カウントされない取引とは、土地、株式などの「資産の取引」だ。
    資産の取引でも、企業が株式の「新規発行」で資金調達し、それを設備投資に使えば、(設備投資を通じて)GDPに寄与していくことになる。しかし、「発行済み」の株式や土地の取引で、その価格が上昇するのは、「単なる物価(資産の価格)の上昇」にすぎない。

(1)GDPとコスト(付加価値)
    単なる価格《物価》上昇をGDPにカウントしないのは当然だろう。もちろん、そうした売買の仲介手数料とか事務手数料は、それに要した労働の対価なのでGDPには寄与する。GDPにカウントされる取引とは「コストを要した生産物に係わる取引」なのだ。これも当然である。GDPとはコストの総和と考えても良い《注》。

注》GDPは一国の「付加価値」の総和である。では、付加価値とは何かと
      言えば付加価値「人件費+利益+金融費用+賃借料」である(正確に
      は、これに租公課を加える。粗付加価値では、さらに減価償却費を加
      える)。このうち「利益」も資本のコスト等(株主への配当。また内部
      留保は将来のコストに充てられる)と考えられるから、「付加価値とは
       コストである(赤字のとき「付加価値<コスト」となるが、これは未
      来の利益で穴埋めされる)。
           つまり、「生産性向上」製品当たりコストの削減を意味するなら
       定義によ「生産性向上とは、付加価値額の削減」つまりGDPの縮小
      を意味する。もちん、それによる価格低下で数量がたくさん売れれば
      付加価値総額が拡大してGDPは成長する。ところが、肝心の数量が十
      分売れないために、製品当たり付加価の低下だけが働き、付加価値総
      額が伸びないのが今の日本なのである。

   「GDPに寄与しカウントされる取引」とは、「実体経済で『生産された』財・サービス」に関する取引だから、「GDPに係わる『需要』」もそうした「実体経済で生産された財・サービス」に関する需要でなければならない。簡単に言えば、その時点で企業が『生産』している生産物(財・サービス)に対する需要が、GDPに係わる需要だ。

    投資も、設備投資と土地や株式などに対する資産投資は、経済にとって全く異なった役割を果たしている。これは不況を考える際に見落とされがちであるが、極めて重要だ。

(2)貨幣流通速度の低下問題と資産取引
    例えば、『貨幣流通速度』の低下問題がある。かつて、ミルトン・フリードマンは、貨幣需要と経済の関係が長期的に安定していること(貨幣の流通速度と取引量の関係が安定していること)を実証し、ケインズ経済学に基づく裁量的な金融政策は、インフレをもたらすだけだと批判した。

    そして、インフレ抑制のためには、中央銀行はマネーサプライの増加率を一定のルールに基づいてコントロールすべきことを提言し、各国の中央銀行は、1970年代末から80年代初頭にかけて次々にこれを採用した。

    しかし、各国中銀は、経済との間に安定した関係を持つマネーサプライの範囲を確定することができず、結局、1980年代半ばには、米英も含めて各国の中央銀行は、相次いでマネーサプライをコントロールする政策を放棄し、マネーサプライは、参考指標の一つという位置づけのものとなった。これは、フリードマンの研究とは異なって、1970年代以降、貨幣の流通速度に体現される、貨幣供給量と経済活動量の間の安定した関係が失われたためである。


   フリードマンはじめ経済学者は、どうして安定した関係が失われたかを解明できなかった。クレジットカードの普及や金融システムの変化などでは部分的な説明しかできない。

   ところが、リチャード・ヴェルナー(『円の支配者』の著者で現在英サウサンプトン大教授)が、2003年に著書『虚構の終焉」で、日本のバブル期について、このパラドックスをシンプルにかつ明快に説明した。

    簡単に説明すれば、貨幣の流通速度(V)は、次のように、アーヴィング・フィッシャーの「交換方程式」で定義される。

    交換方程式:MV=PY

    なお、Mはマネーサプライ、Vは貨幣の所得流通速度、Pは物価水準、Yは数量ベースの産出量(または所得)である。
    ところが、この右辺(PY)は、物価×数量なので、今日では通常名目GDPが代用され使われている。つまり、
 交換方程式:MV=「名目GDP」
である。この両辺をMで割ると、貨幣の流通速度V=名目GDP/M(マネーサプライ) となる。これが上の日銀資料の頭に書いてある「流通速度(名目GDP/マネーサプライ)」の意味である。

しかし、この置き換えには重大な問題があったのである。元のフィッシャーの式の右辺[PY]は、土地取引などの資産取引を含んでいるが、変形後の式の右辺[名目GDP]は、土地取引などの資産取引を含んでいないからである。

もちろん、一国経済で行われる取引の中で、土地取引の割合が一定であるなら、大きな問題はない。ところが、バブル期には、土地取引の割合が非常に高くなったはずである。これが、バブル期の貨幣流通速度の急速な低下を引き起こしたと考えられる。

ヴェルナーは、日本のバブル期について、土地取引に係わっている産業部門を除外すると、貨幣の流通速度は驚くほど安定していることを実証したのである。

このようなエピソードに見るように、有力な経済学者においてすら、GDPにカウントされる取引とカウントされない取引は混同されている傾向があるのである。
(以上は、おおむね拙著『重不況の経済学』161〜170ページあたりから)

次に、資産取引とGDPに係わる取引を区別したグラフを、貞廣彰『戦後日本のマクロ経済分析』(東洋経済新報社,2005)から見てみよう。このグラフのように、バブルに踊った不動産関連3業種(金融保険、不動産、建設)への銀行貸出はバブルのピークには(1982年に比べて)2倍(200%)以上に伸びたのに対して、それ以外の業種への貸出は、10%程度の伸びに止まり、安定していたことがわかる。
つまり、この間の貸出総額の増加のほとんどは不動産差関連業種への貸出の増加によるものであり、その貸出額の大半はGDPには直接カウントされない不動産価格の上昇(単なる物価上昇)につぎ込まれたのである。

(3)セイ法則からみた設備投資と資産投資
同様のことは、セイ法則についても起こりがちである。セイ法則とは、供給のための生産のために企業から家計に支払われたコスト(賃金、株主の配当、賃借料、金融費用等)が回り回って全額がそこで生産された生産物の購入資金となるから、供給に応じて需要は定まるというものだ。

    もちろん、家計は消費せずに一定割合を貯蓄するが、それは企業が借りて設備投資をするから、結局はすべてが重要となりセイ法則が成り立つと考える。

注》セイ法則が厳密に成り立たないことは経済学者の間で共通理解がある。
     しかし、長期では成り立つと考える学者は少なくないし、短期でもかな
     成り立つと考える学者も多い。
         新古典派経済学の最有力な学説である実物的景気循環理論(RBC理
     論)は、セイ法則が完全に成り立つことを前提に構築されている。実は、
     ニューケインジアンのマクロ経済モデルもRBC理論をベースにしてい
        る。

そこでは、貯蓄はすべて「GDPの対象となる生産物」の需要を構成する「設備投資」に使われるという暗黙の認識がある。しかし、土地取引や株式の売買などの「資産取引に係わる『投資』」に金融機関から資金が流れれば、それはGDPに寄与しないのである。
『設備投資』と『資産投資』は峻別されなければならない。しかし、混同されがちなのである。

2 需要の構成
   では、その「企業のその時点の生産物に対する『需要』」はどのような項目で構成されているだろうか。(財政出動論5でもふれたが)大きなところでは

①民間消費……………………消費財・サービスに対する需要
②民間設備投資………………製造設備など生産財に対する需要
③住宅投資……………………住宅建設・建設資材に対する需要
④純輸出(=輸出ー輸入)…様々な輸出製品に対する需要
⑤政府消費・投資……………消費財や建設サービス・建設資材に対する需要

である。言うまでもなく、これらには、土地や株式などの資産投資は含まれていない。
    また、重要な点として、第一に、ここでは、政府消費・投資が他の項目と等価に並んでいることにも注目して欲しい。第二に、純輸出が同様に他の需要項目と等価に並んでいることも再確認して欲しい。

    短期的な立場に立つなら、不況の原因は、①〜⑤が小さくなることだ。各項目が主に何によって影響されるかによって対策も異なる。

→ 財政出動論6Bに続く