2011年7月12日火曜日

財政出動論17 財政出動と抑制の30年史概観

    この頁をベースの一つとして新著日本国債のパラドックスと財政出動の経済学』(新評論。平成25年10月10日刊。 →→紹介ver.2紹介ver.1アマゾンを出版しました。

    これまでの「財政出動論4(橋本財政改革が生み出した恒常的な財政赤字」では、橋本財政改革の影響について整理し、「◎日本で、これまで散々公共事業をやってきたのに駄目だったのはなぜ?」でも、公共事業による財政出動にふれた。さらに「財政出動論2(なぜ財政出動論?)」「財政出動論1 デフレ脱却に対する財政出動の有効性」などで、財政出動論について述べてきた。  ・・・その他《このブログ全体の目次

    ここでは、あらためて、均衡財政主義(ないしは財政出動の縮小)が経済成長に与える影響を過去30年ほどの日本経済の動向から、簡単に見てみる。 23.7.16、7.23(プラザ合意関連)改訂 23.8.23(名目GDP関連)改訂 23.9.8(バブル期関連グラフ追加等)改訂 23.11.21わずかに改訂(輸出関連1行) 24.1.12(オリンパス事件追記)24.5.22国債関連修正

   (結論をあらかじめ述べれば、バブル期を除くと、急速な財政緊縮政策が取られた時期には常に(若干遅れながら)景気後退期が現れていることが分かる。)

 下の図1は、1981年から2008年までの各年のGDP実質成長率に対する寄与を、「公的需要」、「民間需要」、「純輸出」の3つに分解したものである(公的需要は公共投資や政府最終消費支出など。民間需要は民間最終消費支出、設備投資、住宅投資。純輸出=輸出ー輸入)。
 図1
データ出所:内閣府

1 ここでの考え方と民間需要

 まず、民間需要については、その寄与の変動の大きさが概ね好景気・不景気を表していると考えてもよいだろう。(そこで)ここでは「民間需要を受動的な存在と捉え、(それに対して)純輸出公的需要(財政出動)(能動的に)民間需要に与える影響状況を考える」という枠組みで見てみよう。
  注1)ただし、90年代初頭のバブル崩壊期は、民間需要自体の(バブル崩壊に伴って
              生じた急速な)縮小(具体的には民間設備投資の縮小)によって不景気(景気後
              退)が生じているので、 この枠組みとは少し外れる部分がある点に注意して解
              する必要がある。
  注2)もちろん、注1)のバブル期のように、民間需要は民間需要で独自の要因で動い
              ているが、ここでは純輸出と公的需要の影響を見るために、このように考える
              のである。
  注3)この視点は、言うまでもなく供給側からではなく、需要側の観点で見ることに
               なる。この需要の観点か「貯蓄」と需要の関係をセイ法則にしたがって整理
               し、気対策の効果を検討し ているのが、「財15 財政赤字問題の基
               礎=貯蓄問題」である。そこでは、景気対として現実に有効性が高いのは、
               純出を促進するための「輸出立国政策」と「政府の政出動」だと整理して
               いる(中段あたり)
       ここは、その観点を引き継いでいる。

 なお、こうした観点は現実的でもある。民間需要は直接に政策で動かすことが困難なのに対して、公的需要は財政出動の形で直接的に総需要に影響を与えることができるし、純輸出は金融政策や為替政策(また、それらを含めた「輸出立国政策」)を通じて一定程度コントロールすることができるからだ。

 つまり、こうした視点の検討は、現実の政策選択の際の参考になる。

2 純輸出

    話の中心は、次の「3 公的需要」だが、その前に「純輸出」の状況を見てみよう。純輸出(純輸出=輸出ー輸入)の増加は、国内供給者にとって市場が拡大することを意味し、縮小は市場が縮小することを意味する。いわゆる外需である。国内供給者は、それに応じて生産の拡大縮小を行うから、それに応じて雇用や原材料、中間財の需要が増減し、内需分野に波及していく。また、外需関連企業は、外需の増減の見通しにしたがって設備投資を増減する。設備投資は生産財生産企業にとっての需要であるから、それを通じて内需にも波及していく。

 プラザ合意からバブル期にかけての純輸出の寄与は、マイナスである(図1の)。これはプラザ合意を契機とした円高の進行で輸入が増加したことによる(輸出の減少は比較的小さい)。輸入の増加は、バブルによる資産効果で消費が拡大した影響もあるだろう。
 このうち特に1986年の落ち込みを見ると、輸出は前年の29.4兆円が28.2兆円(2000暦年連鎖価格)に減少し、輸入の19.3兆円が20.6兆円に増加した結果、国内産業から見た需要は、合わせて2.5兆円の縮小となった。これに対して政府(中央・地方等)の財政支出は前年比で3.3兆円の増加だった。これによって1987年の民間需要成長率は急回復している。

 また、バブル期にマイナスだった純輸出の寄与は、バブル崩壊後プラスに転じている(図1の)。これは、バブル崩壊に伴う国内需要の縮小で輸入が減少したためと考えられる。

 つぎに2000年代に入ると、純輸出の寄与が継続的に生じたことがわかる(図1の)。このうち、2001年のマイナス(図1のは主に米国のITバブルの崩壊や2001年9月11日の同時多発テロに伴う米国の深刻な景気後退の影響が考えられる(なお、当時、為替は円安の方向に動いていた)。
 全般に2000年代は、米国のバブル景気とドル高政策(=貿易赤字許容政策)によって東アジアから米国への輸出が拡大し、それに伴って日本の東アジアや米国への輸出が拡大した。
 2008年(図1のは、言うまでもなくリーマンショック後の世界同時不況の影響である。
  注)ただし、ここでは実質GDPで見ている。実は、これを名目GDPで見ると、
            2000年代の出の寄については疑問符がつく。これは、「実質」では交易
           利得のが折り込まれないためだ。交易利得の変動は常にあるのだが、特に
            2004,2005年以降、国際投機資金の原油市場への流入で原油価格が高騰し、こ
           が、原油輸入を通じて我が国の交易利得に無視し得ない大きな影響を与えたので
           ある。
               しかし、これとは別に、当時の「実感なき景気回復」が輸出とは無関係である
           という理解は、新聞報道等に見られた当時の景気回復に係わる(当時の」)認
            識とはずれがあうに見える。

    そこで、GDP成長に対する厳密な外需の寄与という観点ではなく、輸出産業
            がGDP成長に寄与しなかったのかどうかという観点で見てみよう。 
    このために、まず輸出の状況を見てみる。名目「純輸出」を出」と輸入に
            て「輸出」の推移をみると、下の図(図2)のようになる
                 目すべきは、2000年代における輸出のコスタントな成長である。2002
            年から 2007年という6年にわたり、輸出は毎年10%前後の高い成長を続けて
            る。れほど長期にわたって輸出が高い伸びを続けたのは、 1990年以降では
            はじめてる。
             (例えば5%以上の伸びの年次をみると、90年代後半が96,97の2年に過ぎないの
             に対して、2000年代では上記のように6年間)

    日本の輸出関連産業は、こうしたコンスタントな輸出の高い伸びを前提に、
            係わる生産設備の設投資を活発化させ、それ(設備投資)が需要を押上げ
            当時の長期の成長(いわゆ「実感なき景気回復」)に寄与したと考えられる。

                 実際に、これを経済産業省の「企業金融調査」(設備投資調査)の主要業種
            設備投資動」の2005年度の対前年度伸び率で見ると、非製造業の4.0%に対
            して製造業が16.7%、製造業のうち、加工組立13.2%に対して基礎素材が20.7
            %である。基礎素材では、鉄鋼35.4%、非鉄金属24.0%などである。これは、当
            時の新聞報道などで、中国などへの輸出で基礎素材型産業が息を吹き返したとさ
            れたことと整合的だ。一方、加工組立でも一般機械28.3%、自動車22.3%と、
            出関連業種が高い伸びを示している。

    つまり、需要項目としての「外需(純輸出)」が直接、経済成長に寄与したと
            言えないとしても日本の当時の経済成長は、輸出関連企の「設備投資」(
            これ自体は内需にカウントされる)が牽引したと考えられるのである(なお、主
            項目の中で、当時の名目GDP成長(2004〜2007年度)への寄与度最大項目
            は民間設備投資だった)。また、リーマンショックによる輸出の急減に応じて、
            設備投資も急減している。
               つまり、この時期に経済を牽引した「設備投資の増加」は、輸出という現実の
            上増加があってはじめて実現したのである。設備投資を増加させるには、現実
            売上が増加する必要がある可能性が強い・・・特に今の(重不況下の)日本では。
    図2

データ出所:財務省国際収支状況
3 公的需要

 次に、公的需要つまり政府財政(財政出動)の影響を見てみよう。政府の活動を、支出ベースで見ると、GDPの4分の1弱を占めている(なお、これは国際的には特段高いわけではない。政府支出の規模はOECD加盟31か国の中で5,6番目に小さい。この意味で国際的には日本は「小さな政府」の部類に入る)。しかし、純輸出がGDPのせいぜい数%であることに比べればその影響が極めて大きいことがわかる。

(1)中曽根緊縮財政
 中曽根改革期の1986年の景気後退は、通常はプラザ合意の影響(円高)と理解されているが、その前に財政緊縮期があったことが改めて再確認できる。
中曽根内閣は、当初田中派の強い影響下で成立したが(「田中曽根」内閣とも揶揄された)、徐々に自立性を強め、1984年から1985年にかけて「小さな政府」を指向し財政の緊縮化を志向したのである(図1の

 この1986年の景気後退とプラザ合意に伴う円高の影響との関連を見てみよう。そもそもプラザ合意は1985年9月22日である。また、その影響が経済に生ずるにしてもすぐにではないはずである。ところが、景気は、プラザ合意の3か月前の1985年6月(85年の第2四半期)にはすでにピークアウトし、景気後退期に入っている(内閣府景気基準日付)。したがって、景気後退期入りの原因は、プラザ合意関連ではあり得ないのである。やはり、この(景気後退期入りの)原因としては、財政緊縮政策の影響小さくなかった可能性が強い(もちろん、プラザ合意は、それ以後の景気後退に大きな影響を与えたことは間違いないだろう)。

(2)バブル期
 その後、中曽根内閣とその後継政権は、プラザ合意(に伴って生じた円高対策)を理由に景気対策のための積極財政に舵を切る(図1の)と共に、大幅な金融緩和政策を継続したため、株式や土地などの資産市場に資金が流入し、バブル経済が作り出された。
    また、ここで、図1のにみるように、この時期には、公的需要つまり財政出動は、常にプラスが維持され続け、これもバブルの形成に寄与したと考えられる。しかし、にもかかわらず、この間税収の増加によって「財政収支は改善を続けた」のである。次の図3のように、一般政府(国+地方)のプライマリーバランスは(この時期の財政出動の継続にもかかわらず)1986〜1991の間、黒字を維持し続けた。
 図3
図の出所:平成12年経済財政白書

(3)バブル崩壊対策としての財政出動(宮沢内閣)
 バブル崩壊後は、直ちにその対策として、積極的な財政出動(図1の)が行われた。しかし、実際の出動規模を見ると、大きいと言えるのは1992、93年と95年の3か年しかない。このうち92、93年は、民間需要の落ち込みを相殺し、見事に景気を支えた。宮沢内閣の貢献は大変大きかったと考える。また、95年は95年1月に発生した阪神淡路大震災の復興予算の影響が大きい。これも日本経済にプラスの影響があった。
        注)なお、今回の東北大震災の復興のための財政出動でも同様の効果が期待される
            が、その財源を直ちにその年の増税でまかなえば、国債発行の場合と異なり、支
            出するつもりの家計等の資金も吸収されるため、その分、民間需要が縮小して、
            としての経済効果は小さくなる。財源を国債(復興債など)でまかなえば、
            裕資金が吸収されること、またGDPギャップのために需要として使われない
            金が市中に存在するため(「財政出動論22 貨幣流通速度と不況期資金余
            剰」参照)、財政出動の増加額はフルに需要増加に貢献する。
                将来の国債償還期間中、財源を増税に求める場合、元々支出予定の資金も強制
            的に徴税されるため、消費等に影響する。その分民間需要にはマイナスになる。
                したがって、償還期間をできるだけ長くして毎年の償還額を薄くすべきであ
             る。復興で形成されたインフラは、今後数十年間使い続けられるのだから、国債
             の償還期間を長くすることには十分な合理性がある。    24.5.22修正

(財政出動に関する誤解)
 大規模な財政出動は3年しかなかったが、マスコミや国民は、日本はずっと長期にわたって大規模な財政出動を続けてきたと思い込んだ
 これは、政治家は、積極的な対策をとっていることをアピールするために「大規模な財政出動を行うと宣言したいし、財務省(大蔵省)は、「すでに十分大規模な財政出動予算を組んだからこれ以上の財政出動は無理だ」と印象づけたいために、やはり「大規模な財政出動」をアピールしてきたためだ。また、そもそも、政府が大規模な対策を行うという印象を企業に植え付けることができれば、企業のマインドも多少は改善するはずで、それには景気対策としての効果もあるのだから、あながち否定もできない。

 こうした様々な意図に応じて財政出動の規模をなるべく大きく見せるために、既存の予算を「経済対策予算」に大量に潜り込ませるといったことは(日常的に)普通に行われていることだ。だから、本当の景気対策として増額された予算つまり「真水」の規模が小さい「大規模経済対策予算」は、それほど珍しくもない。これは、国、地方を問わず行政に多少なりとも係わった者は誰でも常識的に知っていることである。

 貞廣彰『戦後日本のマクロ経済分析』(2005)は、1990年代の景気対策を分析し(pp.195-201)、その中で「1992年8月から99年11月までの合計9回にわたる景気対策に盛り込まれた公共投資の合計は約56兆円に上るが、GDP統計における政府固定資本形成の92年度から99年度までの増加分はわずか5.9兆円であり、両者の乖離はきわめて大きい。景気が一時的に回復した96年と97年の前半を除くと、2000年度までは切れ目のない景気対策が発動されたにもかかわらず、実績としての公共投資の前年比は92年度、93年度、95年度の3年しかプラスになっておらず、現実の公共投資の前年からの増分は90年代後半ではマイナスになっているのである」と整理している(p.197)。

 しかし、実情を知らずに政府発表を単純に見てきたマスコミ、国民や学者には、財政出動が大規模かつ継続的に行われたにもかかわらず、それには効果がなかったという認識が共有されていった。その結果、需要側の対策には効果がなく、日本に必要なのは供給側の効率化だという「構造改革路線」が支持を集めていったのである。

(バランスシート不況)
 実際は、上記の3年の財政出動にも効果がないように見えたのは、リチャード・クーのいう「バランスシート不況」のメカニズムによると考えられる。バブル崩壊で保有資産の価値が激減した企業は、バランスシート(貸借対照表)上の資産価値の縮小に伴って、それに合った規模まで負債を早急に圧縮する必要に迫られたから、企業は得られた利益などのキャッシュフローを(設備投資ではなく)もっぱら借入金の返済に回し続けた。このめに、日本経済全体の設備投資が中期的に縮小し需要が縮小したままになったのである。
   注)リチャード・クーが長期停滞の原因論として提唱した「バランスシート不況
                論」は、当初、国内では構造改革支持が主流だった学界、マスコミからトンデ
                モ扱いされたが、特にリーマンショック対策のための大規模な財政出動の検討
               に重要な知見を提供するものとして(中国語版や英語版が出版された)
               中国で高い評価を得て(その評価が、わが国に) 逆輸入された。

 当時、企業は、大量の不良資産を保有していることを知られれば、融資を受けることが困難になり倒産の危機に直面するから、出来る限り不良資産を隠したのである。だから、不良資産を隠すために、当時は広い意味の粉飾が広範囲に行われていたと考えられる(注)。企業は、公表されたバランスシート上は何も問題がないように装いながら、裏では、必死にキャッシュフローをつぎ込んで負債の圧縮と不良資産の処分を(密かに)続けていたのである。設備投資が減少したままになるのも当然である。
            注)図らずも、2011年にオリンパスの巨額損失隠し事件が発覚したが、
                こうしたことは、90年代には広範に行われていたと考える。2012.1.12追記

 「バランスシート問題の影響はあったが、それほど大きなものではなかった」という分析もあるが(上記の貞廣彰「戦後日本のマクロ経済分析」(2005))、公表されている企業のバランスシートや税務統計を使っても、バランスシート不況メカニズムの真の影響は必ずしも把握できない。

(4)橋本財政改革
 橋本財政改革は、当然財政出動の縮減(図1のを目的に行われ、それに続いて97年度、98年度と民間需要は大規模に落ち込んだのである。
    グラフから明らかなように、実質GDP成長率がマイナスになったのは、バブル崩壊直後は1993年の1年のみなのに対して、橋本改革後のマイナスは2年間で、しかもマイナスの程度が大きい。
    この原因としては、環境の違いもある可能性はあるが、少なくともグラフからは公的需要の寄与の水準がまったく異なることがわかるだろう。バブル崩壊直後は、景気対策として比較的大規模な公共事業などが行われたが、橋本改革後の不況では(政府需要の増加を伴うという意味での)財政出動は大して行われなかったのである。
    その代わりに大規模な減税が行われた。そもそも減税が景気に与える影響は公共事業には劣る。消費に使われずに貯蓄に積み増される部分が少なくないからだ。非効率とはいえ、効果はあったはずである。
    なお、このときの減税が、今日の財政赤字の重要な原因の一つになっていると考える(これ以外の重要な赤字原因は、①不況の継続、かなり落ちて②社会保障負担の増加。ほかに「政府の無駄」もあるが、それは他の国(例えばOECD諸国平均)よりもかなり少ないと思う)。減税は、景気対策としては景気刺激の効果が相対的に小さい上に、その後の財政に悪影響を与えるという点で、よい選択とは思えない。
    橋本改革については財政出動論4(橋本財政改革が生み出した恒常的な財政赤字」で論じたので、以下は省略する。

  注)ちなみに、議論の根拠にできるようなレベルの話ではないのだが、直近の「週刊ポスト」 2011年 7月22・29日合併特大号の「覆面官僚座談会『管の暴走/官の暴走』」に次のよう にある。 
司会 ・・・増税すれば税収は減り、財政危機が深まるというのが財政学の常識だ
/財務 橋本内閣後税収減はアジア通貨危機という別の事情があった
/総務C そんな説明をここでするの?僕らを新聞と一緒にしないでよ。橋本増税で税収が減ったと批判された時、財務省は省内で対策会議を開いた。そこで出てきた結論が、「アジア危機のせいにしておこう」というもの。その会議に加わっていたBさの先輩に「根拠を示してくれ」といったら、「本当は通貨危機の影響は関係ないんだ」と舌を出した。頃そんな方便を信じるのは与謝野さんくらいですよ。
/財務B 消費税は所得税、法人税といった直接に比べて景気変動による税収のブレが小さい。少子高齢化で成長が見込めない社会で、安定財源として重要度が増している。これはわが省だけの意見ではない。
/経産A あえて「Bさんが」とはいわないが、財務省では「増税は手柄」という社風があることは事実だ。
/総務C 「税収」が上がっても財務官僚の評にはならない。"景気が回復したんでしょ"といわれてしまうからね。しかし、「税率」を上れば、わりやすい業績になる。そうでしょ?
/財務B 答えません。でも、ここで費税率の引き上げが実現ば、レールを敷いてきた勝栄二郎・次官の将来は安泰になるでしょう。砂靖・主計局長と古屋一之主税局長の同期コンビも高い評価を得る。それは認めます。」
   まあ、ホントかウソか分からない話ではあり、ホントとしてもそれが妥当かどうかはまた別の話ではあるが。

(5)97,98年不況(橋本不況?)からの回復期(橋本内閣、小渕内閣)
    橋本改革時の急速な景気後退を受けて、橋本内閣では急遽経済対策として、98、99の両年度にかけて減税を含む財政出動を行った(図1の)。この結果、99、2000年と景気は回復を示した。

(6)2000、2001年(小渕内閣、森内閣、(小泉内閣))
    しかし、99年からの回復状況を見て、2000年には、財政出動額を縮小したため(図1の)、2001年には景気は再び後退した(通常、この時期の景気後退は、外需の減少に見るように米国ITバブルの崩壊が原因と考えられているが、財政出動縮小の影響も少なくなかった)。

(7)小泉構造改革
 小泉政権期(2001年4月〜2006年9月)は、橋本財政改革の経験を踏まえて、「急速な」財政均衡を目指す政策は取られなかったが、常に財政均衡を目指す政策は取られ続けた。具体的には、骨太の方針などで、赤字国債30兆円などを目標に縮小することや、プライマリーバランスの達成などが目指された。

 したがって、グラフからも明らかなように、財政出動は常に抑制的に運営された(図1の)。それを外需の拡大(純輸出の拡大(前掲の図1の))が補ったのである。純輸出の増大や、それに伴う輸出向け産業の設備投資の波及で経済が持ち直し税収が増えると、その分は常に国債発行の縮減に使われたから、グラフのように、財政出動の景気への寄与は常にマイナスのまま維持された。景気回復が「実感なき」回復に止まったのも当然ある。

4 以上から

 バブル崩壊期を除けば、景気後退期ないしは景気低迷期には、常に先行または並行して政府財政(公的需要)の寄与がマイナス(財政出動の抑制)の時期があったことがわかる。
        注)なお、バブル崩壊後のバランスシート不況の影響期(長さ?)を除けば、景気
            復期と財政出動もある程度は連動性があるとも言えるが、このレベルの検討で
            は、その回復が財政出動の効果かどうかは何とも言えない。というのは、一般に
            財政出動は不況期に行われるのが常であり、たまたま回復期に財政出動の時期が
            重なっただけかもしれないからだ(財政出動にはもちろんタイムラグがあるので
            )。もっとも、こうしたことは言うまでもなく財政出動の効果を否定する材料
           はない。

(関連)
①財政出動の意義については「財政出動論15(財政赤字問題の基礎=貯蓄問題)
と「財政出動論12(財政出動とリカードの公債中立命題)」参照
②財政出動の続可能性については
財政出動論7(財政赤字・政府累積債務の持続可能性)参照




===
◎最後に、もし、この内容に係わる何かについて(特にペーパーに)書かれる場合は、参照文献として拙著『日本国債のパラドックスと財政出動の経済学』(新評論、2013)を上げていていたければ幸甚です(なお、このページだけでなく、このブログの「New Economic Thinking(新しい経済学)シリーズ」に書かれていることは、ほぼこの本に書かれています。また、「財政出動論シリーズ」に書かれていることの大半も同様です)。