2013年9月27日金曜日

財政出動論26 財政赤字の主因は放漫財政でなく設備投資の変動

修正:280209 米国のグラフを2014年まで延長 270208〜09 米国のグラフに矢印など追加260718 参考として米国の部門別資金過不足のグラフを追加。251128前書きに加筆。251001タイトルを少し変更。

   財政再建を重視する論者の議論を見ると、財政赤字の原因が政府の過剰なサービスにあることは自明なことと考えられているようだ。そして、その「過剰」の原因は、政府省庁や政治家が圧力団体・抵抗勢力の圧力で支出を拡大した結果だと簡単に考えられている。
    たしかに、財政赤字が政府自らの選択の結果であれば、財政赤字も財政緊縮も政府次第、政治家次第でどうにでもなりうることになる。また、こうした発想は、政府の収入支出は(個々の家計や企業と同様)経済全体の動きとは無関係であるという見方にも支えられている。
    したがって、財政赤字の解消対策は、抵抗勢力との戦いを制して政府支出をカットすればよいという単純な話というわけである。

    しかし、日本の政府規模は、すでに先進国の中では(財政的にも、人員面でも)相対的に小さな政府に属する(→日本の行政システムは非効率か?参照)。とすれば、政府支出の単純なカットは、他の国々に比べ、政府によるサービスの水準を低くすることになる可能性が強い。また、財政赤字は、経済全体とは無関係なのだろうか。

   そこで、ここでは、日本の財政赤字の原因が、政治家の怠慢による放漫財政が原因かどうかについて概観する。
    なお、ここで使っているグラフは、平成25年10月10刊の日本国債のパラドックスと財政出動の経済学」(新評論)(→→紹介ver.2紹介ver.1アマゾンで使ったものの転用です。このため、少し無駄な記号が入っています。

   次のグラフは、日銀の資金循環統計でみた、日本の部門別資金過不足を表している。資金過不足とは、1年間に生じた貯蓄と負債(負債は負の貯蓄と考えればよい)の増減を表していると思えばよい(なお、言うまでもなく、これは、貯蓄や負債の総額(ストック)ではなく、毎年の変化分(増減した分)を示している)。
    ある部門で資金が余れば、それは貯蓄となって金融機関などを通じて他の部門に貸されて使われる。ある部門が逆に資金不足であれば、金融機関などを通じて他の部門の貯蓄を借りている(その部門では負債が増加した)ということである。
   
    グラフで、0より上側にある部門は貸す側であり、下側は借りる側だ。上側と下側を足すと必ずゼロになる。資金循環統計はこれ(すべて足すとゼロになること)を前提として作成されている。これで明らかなように、誰かが貯蓄を増やせば、必ず別の誰かがそれと同額だけ負債を増やさなければならない(これは、別の誰かが負債を増やしてくれなければ、あなたは貯蓄を増やすことは出来ないということでもある(このことがわかっていない人が、結構多いと思います))。
《各部門》
ピンク・・・非金融法人企業:一般企業のこと
黄色・・・一般政府:国、地方政府(県、市町村など)、社会保障基金(厚生年金など)の合計
緑色・・・家計     水色・・・海外:他国     その他は略

    ここで、黄色(一般政府)の変動に注目してみよう。まずA以外の時期では、黄色は常にグラフの下側にある。つまり、これはAの時期後、長期にわたり、一般政府が資金不足で他部門から借入を続けてきたことを意味する。
    次に、この黄色は、特に4つの時期(B〜E)に急速に変動したことがわかる。Bはバブルの崩壊時、Cは消費税増税後の橋本不況時、Dは米国バブルによる輸出増加期、Eは米国住宅バブル崩壊時(リーマン・ショック)である。

    ここで、ピンク(一般企業)をみると、それが黄色(一般政府)の急変動と、常に逆方向に急変動していることがわかるだろう。以下、この関係を中心に各時期を順に見てみよう。

1 Aの時期:この時期、家計が貯蓄し、一般企業は家計の貯蓄を借りて設備投資を行っている。これが普遍的に「正常な」経済である(家計が貯蓄しているのに、その貯蓄を企業が借りて設備投資をしなかったら、(貯蓄は宙に浮いて)需要不足となり、もちろん大不況である)。

2 Bの時期ピンク(企業)が急速に借入(資金不足)を縮小している。当時はバブル崩壊で、企業は設備投資を縮小したために借入の必要がなくなったし、資産価格の急低下で、資産に比べて過剰となった負債(借入金)をどんどん返済していたのである。
    この設備投資の縮小で経済には需要不足が生じたため生産は減少して、政府の税収は急減し、また景気対策のために財政出動を行ったから、黄色(一般政府)は借入を急速に増やすことになった。これによる財政出動の結果、経済の落ち込みはそれほどでもなかったのである(の政府赤字の急増は、民間需要の減少の一部を政府需要の増加で補った結果であり、それによって全体経済の落ち込みを一定程度抑制した代償なのである)。

3 Cの時期消費税増税、アジア通貨危機、国内金融危機と続き、景気は急速に悪化し、ピンク(企業)は、グラフで0より上に転換(資金余剰部門に転換)し、自ら貯蓄を積み増すようになった。これは極めて異常な状態というべきである(こうした現象は日本だけでなく、重い不況下では世界的に《各国で普遍的に》見られる)。この結果、企業の設備投資のさらなる縮小で、需要不足が拡大して景気は悪化した。この結果、税収の減少に加えて、景気対策としての財政出動や減税によって、黄色(一般政府)の資金不足は急速に拡大した
    ・・・企業も家計も貯蓄を積み増しているということは、民間で貯蓄を借りて使う主体がなくなっているのである。残る「海外」か「政府」のいずれかが借りて使わなければ、経済は破局に向かってスパイラルで落ち込んでいっただろう。「海外」は海外の景気動向や他国の政策に左右される。確実なのは「政府」しかなかったのである。

4 2000年代に入ってITバブル崩壊からの回復後、米国の住宅バブルで米国の輸入が増加したのに合わせて、日本の輸出も増え、経常収支の黒字が拡大(これは、同額の資本収支の赤字(=海外への貸付=海外の借入・負債が増加)拡大を意味する)した

5 Dの時期のとおり、輸出が「継続的に」拡大し続けたことを見て、輸出産業は供給力の増設に動き出し、輸出関連企業が設備投資を拡大したため、企業の資金需要が増加し、ピンク(企業)の資金余剰は急減した。これによる需要の増加で、生産が増加し経済が活性化したことで税収が増加し、財政出動の必要性も低下したことから、黄色(一般政府)の資金不足は急速に縮小した

6 Eの時期:2008年9月のリーマン・ショックで、米国への輸出や、米国への輸出で活況を呈していた東アジア各国への輸出が急減することを予想して、日本の輸出産業は急速に生産調整を行うとともに、輸出向けの設備投資を削減したため、ピンク(企業)は再び資金余剰を拡大させた。それに応じて生産が縮小して税収が減少し、経済対策のために財政出動を行ったことから、黄色(一般政府)は、再び資金不足を拡大(財政赤字拡大)した⑧

7 以上のように、いずれの時期でも、黄色(一般政府)の資金不足(財政赤字は、ピンク(企業)の資金過不足連動して変動を繰り返していることが明らかだろう。

    では、これは、どちらが主導で起きたのだろうか。2つの説があり得る。
    第一は、政府の赤字が、景気特に企業の設備投資の変動に受動的反応して変動しているというものだ。
    第二の仮説は、政府が無駄遣いを急速拡大したり、縮小したりしたために、企業の設備投資が急変動したというものだ
    景気動向と無関係に政府が財政支出を拡大する場合、そのための資金を調達するには国債を大量に発行する必要があるが、そうなると、それが企業の設備投資資金の調達と競合して、企業が資金を調達できなくなり、その結果、設備投資が縮小するメカニズムがあり得る。サプライサイドを重視する新古典派系経済学者は、おおむねこのように考える。

    しかし、例えばDの時期の変動をみると、明らかにピンク(一般企業)の設備投資の急減が黄色の変動の原因であることは明らかだろう。またCの時期の政府の資金不足の急減が、政府のイニシアティブによって生じたというのも事実に反する。これは小泉政権の末期だったが、この時期には明らかにそうした大規模な政策の変化はなかったBの時期も原因は明らかにバブル崩壊による。Eの時期もリーマン・ショックによる輸出の急減を予想した輸出企業が設備投資を急減させたことによるものだ。

 ◎ つまり、以上の、政府赤字の急変動はすべて企業の設備投資の急変動を原因として受動的に生じたものである。だから、第一の説が正しいと考えるべきだ。そもそも、放漫財政なら、以上のような急激な赤字の拡大縮小は普通は生じないだろう。だから、以上の理解は当然に思える。

【参考】米国の例
   リーマンショック後の先進各国の動向も、以上の理解と整合的である。下のグラフは、米国の部門別資金過不足である。
    少し違って見えるのは、米国が恒常的な経常収支赤字(→資本収支黒字)のため海外部門(水色)が資金余剰(=資本収支黒字)であること、また金融企業の資金余剰は米国が金融立国であることと関係している。また家計部門は、恒常的な資金不足で毎年借入を超過させながら活発な消費をしていたことだ。
    こうした米国経済の基本特性を踏まえて、それからの乖離をみていただければよい。
    第1に①ITバブル崩壊でも、②住宅バブル崩壊ーリーマンショック後でも、等しく一般企業(非金融法人企業(ピンク))の資金不足は縮小している。住宅バブル崩壊の場合、08年に縮小に転じ、09年は資金余剰に転換、10年は再び不足となったがそれもわずかだった。
    第2に、住宅バブルの崩壊を反映して、それまでずっと資金不足(借入超過)を続けてきた家計部門(緑)は、08年にプラスマイナス・ゼロとなり09、10年度には資金余剰部門に転換している。
    こうした動きに合わせて、政府部門(青紫)は資金不足を拡大縮小していることがわかるだろう(ただし、米国は、家計部門の資金不足(赤字で借入)、金融部門の資金余剰、海外部門の資金余剰(海外からの借入)の影響が大きく、若干わかりにくい)。

8 補足
(1)もっとも、すべての赤字の原因が景気変動によるとは言えないだろう。特に、日本の高齢化に伴う社会保障分野の負担は増加を続けている。これは、真の「構造的」な問題だ。・・・しかし、この原因としては、日本では少子化対策に本気で取り組まれたことがないことがある。実際取り組んだ他の国々では、明確に政策の効果が現れているのだ。

(2)しかし、ほとんどの財政再建論議では、以上のような景気変動に伴う財政赤字の変動分も含めて、ほぼ「構造的赤字」として捉え、景気変動に伴う巨大な赤字額を前提に、過剰な増税論議が行われている。
    これは、「構造的財政赤字」の算出方法が、実際には、いわば過去の平均値を元に計算されているからだ。このため、不況、長期停滞が長くなるほど、構造的財政赤字は自動的に大きくなり、景気変動が原因の循環的財政赤字分は小さくなっていく。

 ◎   これに関連する話として、永濱利廣氏の「財政赤字」のからくりを知ろ(日経ビジネス)が指摘する、基礎的財政収支では循環的要因よりも構造的要因の方が循環的に動いているという滑稽な現象が起きている(原因は「名目GDP成長率が1%変化したら税収が何%変化するかを示す税収弾性値が現実よりも低く想定されているためである」と指摘されている)という話もある
        注)税収弾性値については「財政出動論5交わらない『短期』と『長期』の視点
          の中段の下あたりで少し触れています。

(3)また、放漫財政であれば、日本の行政は無駄が多く、非効率になっているはずだ。しかし、日本は、先進国の中でも、財政規模が最小クラスであり、公務員数も少ない
    これについては、「日本の行政は非効率か?」でも触れた。

(4)企業が(貯蓄を借りて=負債を増やして)設備投資を増やさないうちに(つまり、設備投資が回復しないうちに)、政府が財政再建(これには、増税か財政支出の削減のどちらか、又は両方が必要。今回の消費増税では両方が予定されている)に取り組めば、経済全体で貯蓄された資金が需要になる割合が減少して、不況が深化する。・・・これは消費税増税の議論に係わる。