2013年10月5日土曜日

財出27 新著『日本国債のパラドックス‥‥学』Ver.1

   2013年10月10日付けで新しい拙著『日本国債のパラドックスと財政出動の経済学』(新評論)を出版しました。ここでは、その概要を書きます。

    なお、本書は、前著『重不況の経済学』が、大部であり、読みにくいとのご批判があったのを踏まえて、大幅に読みやすくしています(原稿は、昨年末に一旦完了したのですが、量の圧縮(本文400ページ余りから250ページ程度へ。なお、カットした分は別に出版したいと考えています)と、文章の見直しに、半年以上を費やしました)。
    また、使っている数式は加減乗除のレベルまでとなっています。

    以下、位置づけと概要です。 →→序章の冒頭(4頁弱)。 →紹介Ver.2

1 「消費税増税」との関連
     消費税増税の理由は、出発点では増大する社会保障費をまかなうというふれこみでしたが、直前期は、財政破綻、日本国債の信認問題に集中していました。
    すなわち、ここで増税できることを示しておかないと、ある日突然、政府の財政政策、日本国債の信認が失われ、金利が急騰して財政が破綻し、日本経済は大変なことになるという懸念ですね。もっともな心配です。
    しかし、本書では、こうした懸念は経済学的に誤っていることを示します。

2 日本国債のパラドックス
    ここで、本書の表題に含まれる「日本国債のパラドックス」ですが・・・、日本が90年代初頭以来、巨額の財政赤字を続け、その累積残高がGDP比で世界最大レベルに達しています。ところが、日本国債の発行金利や利回りは、世界でも最低水準にあります。
    従来の経済学では、政府の累積債務が大きくなるほど、政府財政に対する信認が失われ、それに対応して国債発行金利が高くなるはずです。ところが、巨額の累積債務を抱え、しかも一向にそれが縮小していく兆しがない日本の国債発行金利や国債利回りがほぼ世界最低の状態が続いています。これを「日本国債のパラドックス」とします

3 ワルラス法則と市場間の資金循環
    日本国債のパラドックスを解明するためには、経済学の基礎に戻る必要があります。問題は、現代経済学では、ワルラス法則の解釈があいまいなまま進んできている点にあると考えます。

(1)ワルラス法則とは
    ワルラス法則とは、すべての市場の超過需要を合計すると必ずゼロになるという法則です。これは、一種の会計式であり、恒等式です。
    ここで、すべての市場とは、財・サービス市場、貨幣市場、労働市場、債券市場、土地市場などです。さらに、財・サービス市場を冷蔵庫市場、テレビ市場、スマホ市場などと細分化しても同様です。
    また、「超過需要」とは、需要ー供給の差がゼロではなく、プラスになることです。つまり、ワルラス法則とは、ある市場で超過需要があるときには、他の市場では逆に、それを埋める規模で超過供給が生じていることを意味します。

    現代経済学では、財・サービス市場(以下、面倒なので省略して「財市場」と書きます)に需要不足があることを認めます。しかし、このことをワルラス法則で見ると問題 があります。

(2)ワルラス法則が機能するメカニズム(=市場間の資金移動
    何が問題かというと、この場合に、一般に、なぜワルラス法則が成立するかが考えられていないと思われるのです。ワルラス法則が恒等的に成り立つとするなら、市場Aで需要不足があるときには、どこか別の市場B(ないしは、B,C,Dなどの複数市場の合計)で、市場Aの需要不足の規模と等しいだけの超過需要が生じる必要があります。
    どうも大多数の経済学者は、これをとにかく理由無しに自動的に成り立つものと考えているようです。だとしたら、まるでオカルトです
    物々交換で考えれば明らかなように、もし、財市場で超過供給があったら、余った財を持っている財の供給者は、例えば財が自動車だとしたら、自動車という商品を例えば債券と交換するでしょう。それによって、債券市場では超過需要が生じたのです。これは、購買力が市場間を移動したのです。それによってワルラス法則が成立するのです。
    では、貨幣経済ではどうでしょうか。それは貨幣が市場間を移動することによってワルラス法則が成立すると考えるのが自然でしょう。
    つまり、財市場で需要不足があり不況のときには、財市場で使われなかった資金が貨幣市場や債券市場に流入しているのです。だから、重い不況下では、債券市場には潤沢な資金があふれています(注)。であれば、長期停滞下の日本国債が順調に消化されるのは当然でしょう。
    簡単なことのようですが、これによって「日本国債のパラドックス」以外にも多くの問題が単純に理解できるのです。

       注)現在の日本は、需給ギャップが(変動していますが)10〜20兆円
           とされています(もっとも、この算定には問題も大きいのですが、一応、
           そうだとして使います)。一方、政府の赤字が毎年50兆円程度です。
           つまり、民間のみで需給が均衡する経済と比較した日本経済の真の需給
           ギャップは、この2つを足した規模=60〜70兆円ということになり
           ます。 つまり、GDPの十数%という巨額の需要不足があるのです。
               したがって、これと同額の資金が、毎年、貨幣・債券市場に流入して
           いると考えられるのです。


    ワルラス法則からすれば、この規模の資金が財市場で使われず、毎年、貨幣・債券市場に流入しているのです。つまり、パラドックスはパラドックスではありません。

(3)現代マクロ経済学の各モデルのほとんどで、市場間の資金移動は考慮されていない
   ところが、経済学者には、こうした観点はないのです。財市場の需要不足は認めても、それが、他の市場(債券市場等)に与える影響が考慮されていないと思えるのです。この結果、本書の観点は、日本国債のパラドックスもそうですが、重い不況下での、マンデル=フレミングモデル、財政出動によるクラウディング・アウト、(また、以上の背景には、マクロ的な資金循環と予算制約に対する正確な理解が不足している問題があり、それを踏まえて)貨幣数量説・マネタリズムリカードの公債中立命題などについて、新たな解釈を示します。
    そして、これらの解釈は、リーマン・ショック後の世界同時不況で、財政乗数が従来考えられていたよりも高い数字が計測されていることと整合的です。
    こうした市場間の資金移動の影響は、(オールド)ケインジアンのIS/LMモデルですら(LM曲線の形を考えれば、ある程度は折り込むことは可能とも言えますが)折り込まれていませんし、ニューケインジアンのDSGEも同様です。

(4)セイ法則を基盤とした経済学体系からワルラス法則を基盤とした体系の可能性
    また、こうした観点は、以上の問題に止まらない可能性を持っています。
     現代マクロ経済学では、全市場の需給均衡(一般均衡)を前提とした(財市場でのセイ法則の成立を前提とする)基本モデルの上に建設されています。この基本モデルは、当然ながら、長期の需給均衡のみしか扱えません不況などの短期の経済が、この基本モデルと乖離する問題は、この基本モデルに、アドホックに付加される補完的サブモデルによる説明に依存しています。今日の経済学の研究とは、より適切に、基本モデルと経済現象の乖離を埋めるサブモデルの研究だと言えるのです。
    ところが、世界同時不況の「長期化」によって、基本モデルの出番はほとんどなく、経済の説明は、付加的でアドホックな補完的サブモデルだけに依存する状態が長く続いています。しかし、こうした付加的なモデルは、リーマンショックで、必ずしも有効ではないことが明らかになっています。このためもあって、新古典派体系全体が有効に機能していないと考えられるのです。

     これに対して、上記でみたようなワルラス法則を前提とする基本モデルは、付加的なモデルなしで需給均衡下(長期)と需要不足下(短期)の経済を一括して取り扱えるようになります。これは、需要の経済学(ケインズ系経済学)供給の経済学(新古典派系経済学)を統合するものでもあるということです。
    また、一般に、新古典派経済学が体系的で内部の整合性が高いのに対して、ケインズ経済学は各部分の整合性が低いというような評価がありますが、ここで提示する基本モデルをベースとする体系は、ケインズ的観点を、新古典派体系と同様に整合性の高い形に整理し直すことになります。
    その結果、この体系は、新古典派経済学を包含するものになると考えています(財市場で需要超過状態にあれば、新古典派モデルが近似的に有効になる)。(もっとも、逆に、新古典派的観点がケインズ的観点を包含すると考えても良いわけです)。
    以上は、基本モデルのベースをセイ法則からワルラス法則に切り替えることによって可能になります。

    以上の(3)(4)が正しければ、これは経済学のパラダイムを大きく転換させることになります。

4 財政再建と消費税増税
     財政再建とは歳入を増やし(増税)、歳出を減らす(財政緊縮)ことです。その影響を見るために、需要とはどのようなものかをみてみましょう。
     経済全体の需要は、概ね大きく次のように構成されています。

 需要=①民間消費+②民間設備投資+③政府消費・投資+④純輸出

    消費税増税は家計の予算に制約を与えるため、①を減少させ、財政再建は、政府支出を削減するため、③を減少させます。・・・以下略

5 本書の構成

    上記の1〜4で述べたことは、おおむね、次の目次では、第二編のメカニズム編で論じています。第一編の三つの重不況編では、世界同時不況過去の2つの「重不況」と比較しています。

序章 世界同時不況で明らかになった現代マクロ経済学の限界

第一編 三つの重不況
     第2章 世界同時不況:拡張的緊縮政策の結末
         第1節 世界同時不況の発生と経過
          第2節 世界同時不況下で取られた対策とその評価
    第3章 大恐慌:要因評価の変遷
        第1節 大恐慌の発生と経過
          第2節 サプライサイドの対策とその評価
          第3節 金融政策とその評価 
        第4節 財政出動とその評価
    第4章 日本の長期停滞:構造改革の結末
        第1節 長期停滞の発生と経過
          第2節 金融政策とその評価
          第3節 財政出動と外需による経済三〇年史

第二編 メカニズム
    第5章 増税から資金循環と予算制約へ
        第1節 橋本財政改革期の消費税増税(一九九七年)
        第2節 「増税」をマクロ資金循環と予算制約で考える
        第3節 「リカード公債中立命題」をマクロ資金循環と予算制約で考える
        第4節 「セイ法則」をマクロ資金循環と予算制約で考える
    第6章 セイ法則と不況期資金余剰・・・資金循環とセイ法則の破れ
        1節 どのような場合にセイ法則の破れが生ずるか
        第2節 貨幣流通速度で土地市場への資金流出をみる
        第3節 不況期の貨幣流通速度の低下でセイ法則の破れをみる
        第4節 不況期資金余剰の意義
    第7章 資金循環とワルラス法則・・・ワルラス法則と需要不足
        第1節 セイ法則とワルラス法則
        第2節 資金循環と資金配分でワルラス法則とセイ法則をみる
        第3節 資金循環から見たワルラス法則の果実・・・財政出動について
        第4節 需要不足と財市場からの資金流出を規定する原因とメカニズム
    第8章 マクロ循環制約とマクロ経済学の新たな方向
        第1節 リーマン・ショックの経験と現代マクロ経済学
        第2節 ワルラス法則と「漏出・還流モデル」

終章 重不況からの脱出:脱出手法の評価
        第1節 金融政策の出口リスクとバブル
        第2節 重不況下の資金循環
        第3節 資金循環で見た「海外」の特殊性・・・純輸出増加政策の限界
        第4節 財政出動による景気対策

補論
    補論1 マクロ循環制約と経済主体の資金配分行動に基づいてワルラス法則を導出
    補論2 財市場の重要性
    補論3 不足制約原理・・・・不足しているものが支配する
    補論4 説明範囲に関する原理・・‥説明範囲の広い仮説ほど正しい
    補論5 部門間の相互依存関係からセイ法則を見る
    補論6 景気回復過程における金利上昇と国債利払い