2014年1月30日木曜日

財政出動論29 持続するユーロ圏の停滞

    拙著『日本国債のパラドックスと財政出動の経済学』は、2012年末の当初原稿の段階では、450ページほどの量だった。それが1年近い紆余曲折の末、内容を大幅に圧縮、カットして280ページで、昨年10月に出版された。
    その後、リチャード・クー氏の『バランスシート不況下の世界経済』が昨年12月末に出版された。その中では、ユーロ圏の問題が詳細に紹介、検討されていて、得るところが多々あった。また、ユーロ圏の問題は今後も持続していく可能性が強いとの評価もあった。

    そこで、拙著の出版にあたりカットしたユーロ圏の問題についての私の原稿(理解)を以下に再録しておくことにしたい。+末尾に、ドイツと日本の資金循環統計のグラフを使ってドイツと日本の比較を簡単に追加した。

    クー氏のユーロ圏当局者とのやりとりや分析などには、とても及ばないが、ユーロ危機のメカニズムに関する基本的な理解は、クー氏と(資金循環でワルラス法則を考える)拙著の観点にほとんど違いがないことがわかっていただけると思う。
    ただし、ドイツから周縁国へ資金が流入した根本的原因が、2000年代初頭のITバブル崩壊で生じたドイツのバランスシート不況にあったという指摘は、私の認識にはなかった
    下に見るように、(私の認識は)単に「ドイツでは、ユーロが導入された二〇〇二年以降〇五年まではおおむね不況であり経済が停滞していて、財市場は超過供給状態にあったから、財の需要として使われなかった資金が・・・金融市場に流入し・・・金融市場では資金が余剰状態にあった。・・・このため、ドイツなどのユーロ圏中核国の銀行は、高いリターンを求めて、周縁国への投資や融資を拡大した。」・・・それが周縁国のバブルにつながった。という認識だった。
    しかし、クー氏の分析によれば、当時のドイツの「経済が停滞」の理由はドイツのITバブルの崩壊だったわけだ。

   それ以外は、ほとんど理解に違いがない(ことは、以下の原稿を読んでいただければご理解いただけると思う)。ただし、光の当て方に多少の違いがあるので、クー氏の言っていることの理解にも参考になると思う。

(以下は、2013年5月現在の原稿そのまま。なお、この観点は、2011年11月の財政出動論21(実体経済からみた円高要因)観点を引き継いだものだと言えます。2011年にはツィッターでも結構つぶやいていました。)

「・・・
2 なぜユーロ危機が起きているか・・・「国際収支と競争力」で理解する

    ジョージ・ソロスはユーロ危機について次のように話している。

    「米著名投資家のジョージ・ソロス氏は一六日、ユーロ危機は深刻化しつつあり、当局者の間違った対応により欧州連合(EU)は崩壊に向かいかねないと警告した。同氏は、ユーロ圏当局者は不均衡について、市場そのもので生み出されることを理解せず、公的部門が原因と考えていると指摘。・・・欧州各国間の競争力の違いから深刻化したにもかかわらず、財政危機として対応がとられていることを批判した。・・・EUの財政協定については、需要が不十分な時期に政府に財政健全化と債務削減を強いるもので、間違った方向に向かっていると批判した[コペンハーゲン 平成二四年四月一六日 ロイター] [1]

この意味を以下で考えて見よう。

(1)ユーロの導入とその影響
生産性上昇率格差の存在
加盟各国の生産性上昇率、インフレ率は相互に異なる。生産性上昇率、インフレ率には様々な要因が係わる。したがって、各国の産業競争力格差は拡大の方向に進むこともある

変動相場制で各国が独自通貨を持つときには、こうした生産性上昇率やインフレ率の違いは、為替レートの変動によって常時調整されている。

 (ユーロ導入とは為替レートによる調整の放棄) ユーロ(通貨同盟)加盟とは、ユーロ圏域内で為替レートを固定することと同じである。そうなれば、他国より生産性上昇率が高くインフレ率の低い国の製品は競争力を強め続けるから、その国は輸出増で経常収支黒字が大きくなり続け、逆に弱い国の経常収支赤字が大きくなり続ける。

ユーロ導入の影響はどのように生じたか
ユーロ導入時、特にドイツでは、ユーロが導入された二〇〇二年以降〇五年まではおおむね不況であり経済が停滞していて、財市場は超過供給状態にあったから、財の需要として使われなかった資金がワルラス法則にしたがって、金融市場に流入し金利は低下していた。簡単に言えば、金融市場では資金が余剰状態にあった。

一方、周縁国では当初は物価も賃金も低く、資本不足もあって資金需要もドイツよりも相対的に強かったから、金融市場では相対的に高金利だった。このため、ドイツなどのユーロ圏中核国の銀行は、高いリターンを求めて、周縁国への投資や融資を拡大した。

周縁国への資金流入
これによって周縁国には資金が流入して、金融資産や土地などの資産の値上がりをもたらし、同時に、流入する資金を活かして建設投資等が活発化して、財市場でも需要が拡大した。((注)財・サービス市場から見た購買力(資金)の漏出=還流の観点からすると、周縁国では、純漏出がマイナス《つまり海外からの流入資金で、資産市場から財市場への還流が超過》となり、景気が拡大したことになる。)

財の需要は国内の供給能力を超えて拡大したから、物価が上昇傾向になるとともに、足りない財の輸入が増え貿易赤字が拡大した。見方を変えると、資金流入で資本収支黒字が拡大したため、それと同額だけ経常収支は赤字になる必要があったわけでもある。

これにより、地価、物価、賃金など様々な「価格」は、中核国と周縁国間で収斂し差が縮小していった。これは通貨統合で必然的に生じることである。この結果、周縁国の強みだった低物価、低賃金による価格競争力が失われ、生産性上昇率の格差だけが残った。ドイツの競争力は高くなり続け、南欧諸国の競争力は低下し続けた

競争力の弱い国の経常収支赤字は必ず同額の資本収支等の黒字で埋め合わせられなければならないので、ユーロ圏内で競争力の弱い国には資本が流入を続けた。つまり、競争力の弱い国の政府及び民間の累積債務の巨額化である。

これを、国際収支統計で見ると、ドイツは、九一〜二〇〇〇年の間、経常収支はコンスタントに一%前後の赤字だったが、ユーロが導入された〇二年にGDP比で二%程度の黒字になってからは順次経常黒字を増加させ、リーマン・ショック前の〇七年の経常収支黒字はGDP比で七・五%に達した

これに対して、ギリシャの経常赤字はユーロを導入した〇四年には五・九%だったが、〇七年には一四・三%の赤字へと急拡大している。

競争力格差の原因
しかし、資本が流入したことで直接、競争力が変化したわけではない。独自通貨を持つ国では、能動的な資本流入は自国通貨高をもたらし、その結果輸出競争力が低下する。

だが、ユーロ圏内は為替レート固定と同じだから、こうした経路で競争力は変化しない周縁国は資本流入による経済の好調で物価や賃金が上昇し、それが競争力の低下をもたらしたのである。ドイツも輸出が増えて経済は好調だったが、上記で見た輸出が内需に与える負の影響の問題により、物価上昇などは抑制されたため格差は拡大した。

リーマン・ショックによる資金引き上げ
そこにリーマン・ショックの発生で資金的な余裕を失った英独仏などの金融機関が、手元資金の流動性を確保するため、周縁国に投資していた資金を一斉に引き上げ始めた。この結果、周縁国の国・企業が発行した国債、社債その他の債券が暴落したのである。

生産性上昇率の均一化は可能か
国によって異なる生産性上昇率を均一化するには、基本的には生産性上昇率の低い国のそれを引き上げ、最も生産性上昇率が高く、インフレ率の低いドイツに一致させることになる。しかし、それには、周縁国が、ドイツのような文化を持ち、生活習慣を持ち、産業組織を持ち、ドイツ人のように設備投資し、ドイツ人のように働くようになれということにほぼ等しくなる。そんなことは多くの周縁国には不可能だ。

つまり、ユーロ危機の原因は、財政危機ではなく、ユーロ圏内各国間の競争力の格差を調整する方法・制度がない点にある。したがって、現在のユーロの制度のままでは、いったん危機がおさまっても、時間が経てば再発する可能性が強い

ところが、ユーロ圏では問題を財政赤字の問題だととらえている。その震源地はドイツである。

(2)ドイツはなぜ好調か
なぜドイツが好調なのかを見てみよう。ユーロ導入前のドイツ・マルク時代は、ドイツの生産性が上昇すると輸出は増加傾向となるが、それによってマルク高が生じて、生産性上昇による輸出競争力上昇を相殺していた。輸出立国ドイツは内需が不十分だったから、日本と同様、経済は不調だったのである。

ところが、共通通貨ユーロが導入されると、これはユーロ加盟国間での為替レート固定と同じだから、自国通貨高で生産性上昇が相殺されることがない。このため、ユーロ圏内では生産性上昇率が他国よりも高い分だけドイツの輸出が伸びる

一方、ユーロ圏外の国々との貿易に関しても、ユーロ圏に競争力の弱い周縁国が加入したことでユーロの為替レートが安い方向に引き下げられ、ドイツの高い競争力と連動しなくなった。このため、やはりドイツの輸出が有利になっている。これがドイツ好調の本源的理由である。このように、ドイツ経済の好調は、基本的にユーロに依存している

(3)通常は為替レート変動で債権の実質的な放棄が行われるが、共通通貨ではできない
競争力のある国は、経常収支黒字(=資本収支の赤字)で海外資産が蓄積していくと、それを解消する方向の動きが一定の頻度で生ずる。自国通貨高である。日本で言えば、円高によって、実質的に円高分の海外債権を「放棄」することになる。

同じ「解消圧力」が、赤字国側だが、ギリシャやスペインでも起きている。経常収支赤字(=資本収支等黒字)で積み上がったギリシャ等の対外負債の解消圧力が今回の危機の原因である(財政赤字はその現れの一つにすぎない)。

しかし、ドイツなどの債権国側は、同じ共通通貨ユーロを使うギリシャなどに対して、日本がしてきたような自国通貨高による調節では「債権放棄」できない。その代わりに、本当の「債権放棄」が必要になっているのである。

このように、ユーロ危機の原因は競争力の異なる国の間の調整システムが実質的にない点にある。その中で、競争力の弱い国が輸入の増加に見舞われ、その輸入代金の支払いのために海外からの資本の借入が必要になったこと[2]。その借入が累積し、巨額化していたところに、リーマン・ショックで流動性不足に直面した英独仏などの銀行が貸し出しを引き上げようとしたために、信用不安が顕在化したのである。

この危機は、資力のある誰か、つまりECBやドイツなどが全面的かつ無制限の保証を約束すれば、ほとんどコスト無しで収束した可能性がある

しかし、危機とは別に、債務は積み上がっているから、その処理も必要だ。それは、日本が円高で実質的「債権放棄」をしてきたようにドイツなどの債権国が、ギリシャに対して債権放棄を行うしかない。それは、輸出立国政策を取る国の義務のようなものだと考える。実際、それを選択するしかないのだ。

そもそも、ドイツの好調は、競争力の弱い国がユーロに加入したことで、ドイツの競争力でみると通貨が安く維持されている点にある。つまり、ドイツの好調とユーロ危機の原因は表裏一体なのである。ドイツはユーロの導入で繁栄を続けているにもかかわらず、ギリシャなど周縁国にのみ責任を押しつけている。ギリシャの責任は大きいが、できないことを要求しても得るものはない。

ユーロが導入されなかったら、ドイツはユーロ導入前と同様に不調な経済が続いていただろう。その原因は、過去の成功にとらわれて、ドイツが輸出立国政策つまり国内の需要不足を海外の需要で賄う政策を採り続けている点にある。しかし、それは日本と同様、ドイツの経済規模と発展段階では不可能に近い。今のドイツの好調は、ユーロ導入という特殊な環境によるものであり、持続することは不可能だと考える。       
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    ちなみに、クーの本では、ユーロ圏を中心に各国の資金循環統計を使って、説得的に議論を展開している。拙著でも、クーのように月次での分析はとてもできないが、年次ではやっていた。上の原稿段階ではすでにグラフはカットしていたが、以下に少し挙げて見よう。
    次のグラフは、ドイツの部門別資金循環(クーのように月次ではなく年次であり、金融資産と負債への分解もないが)状況である。

    これを見ると、正常な経済なら、本来は資金不足部門であるべき一般企業(ピンク:非金融法人企業)が2002年以降資金余剰部門に転換している。これは設備投資の不足を反映している(設備投資を抑制した結果、企業はカネ余りになっている)。そして、設備投資の不足で、ドイツの国内経済は需要不足となり金融市場では資金が余剰状態になっていることを示しているのである(これは、クーによれば、2000年代初頭にITバブルが崩壊したためだ)。

    一方、この頃にちょうどユーロの導入があった。このため、上で見たように、余剰化した資金の運用先に困っていたドイツの金融機関ユーロ圏の周縁国に大規模な投資を行った。これは資本収支の赤字である。その裏返しとして、ドイツはこれらの国々に対して経常収支の黒字を拡大させたわけだ(資本収支赤字の増加額=経常収支黒字の増加額(政府が為替介入をしなければ、これは恒等的に成り立つ))。

    その結果、「海外部門」(水色)の資金不足はこの時期に急拡大している。海外部門の資金不足とは、海外への貸付を拡大したということであり、国際収支の原則により、それと同額ドイツの経常収支は増加した。つまり、不足する国内需要を輸出が補ったのである。

    これを参考までに日本と比較してみよう。次のように、日本の企業部門も、それまでの資金不足から98年には資金余剰部門に転換して、これは現在も続いている。これは設備投資を抑制しているということ=需要不足の原因である。
    総需要は、次のように書ける。

総需要 = ①民間消費+ ②民間設備投資+ ③政府投資・消費+ ④海外への純輸出

    このうち民間需要(①+②(特に②(ピンク))が減少したとき、供給力が過剰とならない水準で需給バランスが維持されるには、③か④が増加しなければならない

    ドイツは、ユーロの導入による輸出条件の好転により、大幅に④を増やしたことで、好景気となった。

    だが、日本にはユーロ導入という特殊な状況はなかったので、グラフのように、④(水色)は伸びたが不十分で、それを③(黄色)が不十分ながら補ったのである。
    しかし、ドイツとは異なって、輸出拡大の規模は不十分で、財政出動も常に抑制気味だったから、日本の景気は停滞感の強いままで(これからというときに・・・ちなみに、06年に③のようにピンクが急減している。これはこの年に企業が設備投資にお金を使ったために、企業の資金余剰が急減したのである。このとき本当の好景気が始まろうとしていた。しかし、その後)リーマンショックを迎えた(④のように再び設備投資は抑制され、不景気となった)のである。




[1] 出所:ロイター http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE83G00C20120417
[2] もちろん、これを別の方向から見ると、ドイツなどの銀行がギリシャに対する投資を能動的に増やしたことによって、輸入代金の支払い能力が増加し輸入が増加 (経常収支赤字が増加) したと捉えることも可能である。しかし、ドイツなどがギリシャ等に投資するためには、その資本収支の赤字分だけドイツの経常収支が黒字でないといけない。貸す金の分、貿易黒字が増えないといけないのである。そのためには競争力の格差が広がらないといけない。ギリシャ等への投資の流入と貿易赤字の増加は密接不可分である。