2014年5月14日水曜日

財政出動論36 財政赤字・政府累積債務の持続可能性のその後

改訂270303 270301の追加分にさらに若干記述を追加 270301 この頁後半の「星岳雄・伊藤隆敏論文」に関して、大幅に記述を追加(「◎」以下の部分)260514 PM10:30 文章の整理

    「政府財政赤字・政府累積債務の持続可能性」つまり日本が国債を発行できなくなる限界は、国債発行残高が家計の金融資産千数百兆円を上回る点あたりにあるという議論が2010年頃にあった。
    2011年1月の「財政出動論7 財政赤字・政府累積債務の持続可能性」は、こうした議論が誤っていることを指摘したものだ。
    この議論に付け加えることは現在でもないのだが、その後3年を経過して、この間に見つけた、この財政出動論7と同様の考え方の例を2つ紹介しておこう。

1 「 Yahoo!知恵袋」の日本(国債)が破綻しない理由
 2014年3月28日に「 Yahoo!知恵袋」で、日本国債が破綻しない理由について、わかりやすい説明を見つけ、twitter で次のように紹介した。

「すばらしい、懇切丁寧、いたれりつくせりの『日本(国債)が破綻しない理由』 (Yahoo知恵袋)・・なんでこんなに簡単な(経済学的にベーシックな)ことがわからない投資家、ファンドマネージャー、格付け会社、経済学者が多いのか理解に苦しむ。」
財政出動論7 財政赤字・政府累積債務の持続可能性」(11年1月)は、この(Yahoo知恵袋)」と同様の観点である。また、拙著『日本国債のパラドックスと財政出動の経済学』(新評論、13年10月刊)でも、同様の議論を簡単に整理している(220〜222ページ)。
             注)ただし、拙著は、日本国債が破綻しないメカニズムの検討自体目的では
                く、そのメカニズムの検討を踏まえて、新しい経済学の理解のあり方を追究し
               ている

     財政出動論7では、この極めてベーシックに思える問題でありながら、経済学者を始めエコノミスト、官僚や政治家などに幅広く誤解されている通念に反するメカニズムをどのように説明すればよいかと考えた結果、いろいろな説明の仕方がありうる中で、結局、「日本の個人金融資産の総額を、公債発行残高が上回ったときに日本国債の破綻が現実味を帯びる」という議論に問題があることに焦点を当てて書いた。そうしたこともあり、少し偏りがあった。

だから、日本(国債)が破綻しない理由』 (Yahoo知恵袋)のように、直接的にターゲットを絞った明快な整理もあると紹介しリンクしたわけだ。
  
2 森田(2014)『国債リスク』(東洋経済新報社)
    フローとストックを混同した議論などが誤っている点については、次の本にもオーソドックスで丁寧な解説がある。実務家の視点で書かれているが(意外にも)この本の議論は論理的かつ正確であり、我々の議論とまったく整合的だ。
(森田氏は「SMBC日興証券チーフ金利ステラテジスト・・・通算20年以上にわたって日本の国債市場に関わる業務に従事」とある)

    森田長太郎(2014)国債リスク 金利が上昇するとき』東洋経済新報社  

ただし、日本国債が安定的に消化されている理由として、拙著日本国債のパラドックスと・・・財・サービス市場で需要として使われなかった資金が債券市場に流れ込んでいて、それが国債の消化を安定的にしていると考えている。つまり、重不況下だから、国債消化は安定しているのであり、不況である限りは安定しているが、それが好況に転ずると、国債消化は難しくなると考えている(しかし、好況になれば税収が増えるから、国債発行額は縮小する)。
これに対して、森田氏は、国債消化資金が企業の資金余剰によって消化され、その企業の資金余剰の源泉を労働報酬の抑制を中心とする複数の表層的なメカニズムに従って理解している。しかし、これでは、労働報酬の抑制が解除され国債消化が出来なくなる契機やタイミングを予想することが困難である。
一方、拙著では、その表層的なメカニズムの本質的な背景に不況というメカニズムがあると考える。したがって、国債消化資金の流入が減少する契機、タイミングは、不況の終結であることが明確だ(もちろん、不況が終結し好況となれば、上で述べたように税収が増え、国債発行の必要も減少する)。

3 以上の観点に反する議論をしておられる有力な経済学者
    最後に、以上の我々の観点が疑問に思う、有力な経済学者の著作、ペーパーを改めて紹介しておこう。ただし、誤解もあるかもしれない。

  財政出動論7では、小黒一正先生(現法政大学准教授)(『2020年、日本が破綻する日』日経、2010)などの例を取り上げた。

   上の①のような議論は、2010年までは散見されたが、その後は見ていなかった。ところが、2013年になって、星岳雄(現スタンフォード大学教授)・伊藤隆敏(東大教授)両先生の2012年の論文を発見した。・・・これについては、日本語の簡単な紹介とリンクが『英字紙ウォッチング』の「重力に逆らう日本国債」にある。次に引用しよう。

            「星岳雄、伊藤隆敏両先生による最新の論文が出た。日本の公的債務残高が
            持続可能ではないのに、なぜか日本国債の金利は低位で安定したままだ。『
            どのくらい日本国債の価格は高いままとどまっていられるのだろうか」と問
             いかけている。 
                一つの答えとして、民間部門の金融資産残高を公的債務残高が超えたとき、
            日本国債の金利は急上昇を始めることを示している。そして、大胆な財政再
            建策がとられなければ、今後10年以内にその天井に到達することが予測さ
            れている。」

      (なお、この論文については、すでに拙著「日本国債のパラドックスと財政出動
      の経済学」2013で、付言している)。
  Takeo Hoshi, Takatoshi Ito,(2012),"Defying Gravity: How Long Will Japanese 
Government Bond Prices Remain High?",NBER Working Paper No.18287 .

         また、この2012年論文の観点をベースに、日本経済研究センターの政策提言型
      英文誌 Asian Economic Policy Review の2013年12月号に、"Is the Sky the 
       limit? Can Japanese Government Bonds Continue to Defy Gravity? "を寄稿されて
       いる(この論文の抄訳:「(国債発行残高に)上限はないのか?日本国債は

 政府部門の財政は、マクロ経済全体とは無関係なのか?
    ②は、家計部門単独ではなく民間全体の金融資産残高と公的債務残高を比較している点で①よりはましだが、公的債務残高を、おおむね現在のトレンドを単純に外挿して(つまり単純に増加していくと仮定して両者を比較しているという点でおかしい(「一つの答えとして」とは書いておられるが)。
    これは、著者らが、公的債務残高の動向は、民間経済とは無関係に政府と国会の裁量だけで左右されていると考えておられることを意味する。つまり、政府部門の財政は、マクロ経済全体と無関係だという観点だ。
    しかし、公的債務残高は、税収の減少、失業対策や生活保護などの関係事業など景気の変動に従って自動的に公的債務残高が増加する支出、さらには景気対策のための積極的な財政支出などを介して、民間の経済と結びついており、民間の資産残高は民間の経済と結びついていると考えるのが自然だ。公的債務残高は、経済の動向・経済の変動つまり需要不足と密接に関係していると考えられる。
    このことはリーマンショック後の先進国経済でも、また日本でも経済の推移を見ることによって容易に確認することができる→例えば「財政出動論26 財政赤字の主因は放漫財政でなく設備投資の変動」参照(ただし、これは資産や負債の累計残高ではなく、おおむね毎年の増減分を見ていることになる)。

◎   民間の資金余剰の増加と公的な資金不足の増加が連動しているのはなぜだろうか
    上記の「財政出動論26 財政赤字の主因は放漫財政でなく設備投資の変動」にみるように、民間の資金余剰(貯蓄)の増加と公的な資金不足(負債)の増加は連動している
    それは、拙著の「重不況の経済学」と「日本国債のパラドックスと財政出動の経済学」で述べてきたように、財・サービス市場で需要不足が生じたときには、財・サービスの購入に使われなかったマネーが、貨幣市場に滞留し、さらにそれが債券市場に流入して、債券市場に超過需要を引き起こすからだ。つまり、財・サービス市場でマネーが使われなかったことで、それが貨幣ないしは債券という形で金融資産を求めるニーズが生じ、それは貨幣市場と債券市場に超過需要を生じさせる。そして、それが債券価格の上昇つまり債券金利の低下を引き起こす。
    すなわち、消費の伸びが低下し、それを見て企業の設備投資が抑制する結果、財・サービス市場に需要不足が発生する。このとき、経済活動の不活発化によって政府部門の税収が減少し、また、企業の倒産や失業の増大などが生じて景気対策が必要とされるようになるため、政府部門は資金不足となり、借入が必要となる。
    このため、政府は公債を発行して資金を調達することになるが、民間が公債を購入するための資金は、(財・サービス市場の需要不足に伴って)すでに民間で発生しているのである。そして、(逆に)民間は公債が発行されなければ、資産を増加させることはできない。なぜなら、資産とは誰かの負債であるが、企業は設備投資を抑制しているから社債を発行する必要性が小さい(つまり、企業は負債を増やしてくれない)からだ。
    つまり、家計や企業がマネーを(消費や設備投資をしない=)財・サービスに使わずマネーを蓄積する(資金余剰=貯蓄を増加させる)とき、同額だけ、誰かが負債を増やして(借りて)マネーを財・サービスに使ってくれないといけない。そうならないとき、経済はスパイラル的に収縮していく。
    それができるのは、誰だろうか。家計は失業の不安に怯えて消費を抑制し、企業は需要不足による供給過剰や新たな過大投資を恐れて設備投資を抑制する。このとき、失業の不安と倒産の恐れがなく借入をして支出を増やせる経済主体は政府しかない(国内では)。
    なお、平穏な経済状況では、「海外」の負債増加が期待できる。海外の国は、日本とは経済の好況不況のタイミングが異なることが多いから、日本が不況でも、好況な国に輸出を増やせば、日本は不況を脱出できた。過去の高度成長期、しばしば日本は海外への輸出増大で景気回復してきた。しかし、現在は、リーマンショック後の世界的な景気停滞の中で、海外の国々も日本と「同時に」不況であり、海外が借入主体(注)になって日本の製品を買ってくれる可能性については、不確実性が高い
        注)日本の経常収支の黒字は、旧統計でいう「資本収支赤字+外貨準備増減の増」
            と必ず一致する。「資本収支赤字+外貨準備増減の増」とは海外への貸付のこと
            である。したがって、日本が経常収支黒字を拡大するには、同額だけ海外は日本
            から資金を借りる必要がある(日本が貸さなければ、為替レートが円高に振れて
            事後的に経常収支が《強制的に》バランスする)。

    海外がだめなら、政府が赤字を増やし、政府の債務が増加するしかない。しないなら、経済が縮小していく。政府の累積債務が毎年積み上がっているのは、民間の経済主体が消費や設備投資に充分マネーを使わないためであり、その意味で正常な状態なのだ。

    (詳しくは、拙著又は次の頁を参照)
New Economic Thinking2◎資金循環とワルラス法則基盤の新たな体系
New Economic Thinking10 マネーの二つの側面からみた日本国債のパラドックス

◎ 実際に、マネーストックを左右しているのは、重い不況期では公債発行のようだ

    ア 日本の2000年代の量的緩和期
    2001年〜2006年の量的緩和期のうち、(当時データがあった)2001〜2003年のマネーストックの変化率に対する寄与度でみると、マネーストックの変化率(1.63〜3.30%の範囲)に対して、民間向信用(貸出、社債、株式)の寄与は常にマイナス(−2.29〜−4.34%ポイントの範囲)、対外資産をは0近傍(0.00〜−0.40の範囲)で、唯一公共部門向信用(公債等)のみがプラス(2.49〜7.53の範囲)という報告(田中2006)がある。
     田中敦[2006]『日本の金融政策 ーレジームシフトの計量分析ー』有斐閣、188頁表1

    つまり、現在のような重い不況下では、マネーストックの伸び率を左右しているのは、公債の発行状況である可能性がある。マネーストックが伸びなければ、物価が上昇するとは考えにくい。

   イ 米国の大恐慌期
   つぎに、同様に重い不況の例として米国の大恐慌期を見てみよう。大恐慌からの回復過程で、マネーストックが急速に伸びているが、当時の銀行の信用供与先の状況を見ると、民間向け信用は停滞したままであり、急速に増加しているのは、政府向け信用(公債購入)であることがリチャード・クーによって実証的に示された(これは、拙著(向井2013)でグラフ(44頁図2(下の図2参照)、47頁図3)で分かりやすく解説)。(なお、F.D.ルーズベルトの大統領就任は、1933年3月)
    向井文雄[2013]「日本国債のパラドックスと財政出動の経済学」新評論
なおこれは「財政出動論3 大恐慌期の金融政策の有効性」で解説している。

   ウ 日本の昭和恐慌期
   さらに、米国の大恐慌期に対応する日本の昭和恐慌で、同様の分析を行うと、やはり、民間向け信用(貸出、社債購入)は停滞しており、当時のマネーストックの伸びに対応して急速に伸びているのは、政府向け信用(公債購入)であることを拙著(向井2013、56頁図8)で示した。
    向井文雄[2013]「日本国債のパラドックスと財政出動の経済学」新評論
    なお、日本の昭和恐慌期については(藤野・寺西2000)によって復元された「戦前金融資産負債残高表:1871〜1940年」データ(同書巻末付録473〜559頁に基づく。
    藤野正三郎・寺西重郎[2000]『日本金融の数量分析』東洋経済新報社

    これを少し簡略化して分かりやすいグラフで日本の昭和恐慌期の状況を見てみよう。高橋財政によって回復した31年〜34年の3年間の変化率を見ると、民間向貸出+社債投資が▲2.3%と減少している一方、公債投資は59.3%増加している。
注)なお、これは上の米国のグラフと異なって積み重ねグラフではない。
      データ出所:藤野正三郎・寺西重郎[2000]『日本金融の数量分析』東洋経済新報社

    ちなみに、重い不況下では、通常であれば資金不足部門(借入で設備投資を行う)であるはずの企業部門が、資金余剰となる傾向が広く見られる(例えば、「財政出動論26 財政赤字の主因は放漫財政でなく設備投資の変動」では、2つのグラフで、それぞれ長期停滞下の日本と、リーマンショック後の米国で、企業が資金余剰部門に転換したことを示した(ただし、米国では1年後にはすぐに資金不足部門に戻った)。
     また、昭和恐慌期の日本でも、企業部門が資金余剰となったことが[岡田・安達・岩田(2002)]で示されている次に引用するグラフ参照)。企業が設備投資を拡大するとき、初めのうちは、この時期に生じた余剰資金を使うと考えられ、したがって景気回復のの初期は、銀行からの融資はすぐには増えないと考えられる。
    しかし、この下のグラフをみると、企業部門は1933年には資金不足に再転換し、1934年にはかなりの資金不足となっていたと考えられる。一方、上のグラフを見ると1934年の銀行からの貸出しは、依然、停滞ないしは減少状況である。つまり、この段階では、銀行からの貸出しは未だ設備投資の増加を促進したとは言えないように見える。
               グラフの出所:岡田靖・安達誠司・岩田規久男[2002]「大恐慌と昭和恐慌に見るレジーム転換
                           と金融政策」原田泰・岩田規久男編『デフレ不況の実証分析』東洋経済新報社.187頁

    エ 異次元緩和下ではまだわからない
    以上のア〜ウを考慮すると、重い不況下で生じたマネーストックの増加が、すべて金融緩和政策の効果によるものであり、財政出動の影響はほとんどないという(2000年代初頭までに《世界的に》一旦確立された)見方には、少なくとも疑問符がつくものと考える。これを前提に今回の異次元緩和の効果を少し考えて見よう。
    異次元緩和による急激なマネタリーベース(日銀券発行残高+日銀当座預金残高)の増加にもかかわらず、これまでのところのマネーストック(国と金融機関以外の経済主体が保有する金融資産)の伸びは、2001年〜2006年の量的緩和期と比較して、それほど差がないようだ。これは「財政出動論35 「異次元緩和」開始後1年の日本経済」の図2をみれば明らかだ。2001年からの量的緩和の前後に比較して、今回の異次元緩和前後の伸びはむしろ、開始前の伸び率の水準を考えると、異次元緩和のマネーストックの伸び率の加速の程度はむしろ低い(異次元緩和のマネーストックへの効果は、これまでのところ量的緩和時より高いとは言えない)
    今回の異次元緩和の「緩和開始1年後からの1年」は、まだ数字が出ていないけれども、今年1月時点のマネーストックは3.4%の伸びなので、前回の「量的緩和」時よりも高い可能性が強い(点線)。これは開始前の水準(異次元緩和前2年間の伸び率がいずれも3%超)が高いし、緩和開始年の2013年度は、アベノミクスの第二の矢で財政出動が行われ、公債発行が一定程度あったことで理解できる。
    便のために、図2をここに再掲しておこう。
データ出所:日本銀行

    今後伸びていく可能性はあるが、少なくとも、上で見たように「重い不況下では」金融機関の資産残高が公債の発行によって規定されている程度が高いとするなら、今後の公債の発行状況は、マネーストックに影響を及ぼすと考えられる。
   「経済をよくするって、どうすれば」さんの計算によると、2015年度政府部門(国、地方、社会保障基金)の予算は、8兆円の緊縮(14年度の消費税と同規模)となるようだ。その分、公債の発行が縮小すると考えてよいから、その分、マネーストックは伸びが抑制されると考えられる。つまり、2015年度のマネーストックの伸び率は低下する方向の力を受ける。
    あとは、異次元緩和政策や原油安に刺激されて、民間がどの程度がんばれるか、米国の景気回復や円安によって、どの程度輸出が伸びるかである。

    「経済をよくするって、どうすれば」2015年02月22日



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◎最後に、もし、この内容に係わる何かについて(特にペーパーに)書かれる場合は、参照文献として拙著『日本国債のパラドックスと財政出動の経済学』(新評論、2013)を上げていていたければ幸甚です(なお、このブログの「New Economic Thinking(新しい経済学)シリーズ」に書かれていることは、ほぼこの本に書かれています。また、「財政出動論シリーズ」に書かれていることの大半も同様です)。