2014年8月20日水曜日

財出35B 資金循環で見る「異次元緩和」後の1年

改訂:26.8.23 13年度に関して少し説明を付加。26.8.22 am10:30 金融機関の「資金不足」の意味の解説を追加(後半の注のなお書き)。am9設備投資メカ部分をさらにわかりやすく字句修正。26.8.21 pm3 冒頭部分でグラフの読み方を追加。am11 字句修正と設備投資不足のメカニズムに関連する若干の追加。
関連:「財政出動論35 「異次元緩和」開始後1年の日本経済」 

    日銀の資金循環統計に、2014年の第1四半期分が掲載されていたので、年度で13年度分までデータが揃った。そこで、あらためて長期停滞下の日本経済を見るとともに、異次元緩和開始から、ちょうど1年を経過した日本経済を過去の状況と比較してみよう。

1 AとB・・・設備投資の縮小こそ長期停滞の直接の原因
    〜グラフでAからBへの転換(企業部門の資金不足→資金余剰)が停滞の原因〜

    まずあらためて図の見方を説明すると、各年度で、ゼロより上の部門は(その年度で)資金余剰が生じ、それを他部門に貸したことを意味する。一方、ゼロより下の部門は(その年度で)資金不足が生じて、他部門から借りたことを意味する。
    1円でも誰かに貸すためには、必ず1円を借りる相手がいなければならないから、資金余剰部門の余剰額と資金不足部門の不足額を合計すると必ずゼロになる。
    これがまあ「循環」の意味。

海外:まず、ここで「海外」(紫色)のマイナスは、海外部門が資金不足で借り入れをしたことを意味し、その額はまあ経常収支の黒字(=資本収支の赤字)に等しい。過去30年余コンスタントにマイナス側(=経常収支黒字(=資本収支赤字))だったが、13年度には、それがほとんど消失した。これは今話題になっている経常収支黒字の縮小に対応している。

一般政府: つぎに「一般政府」(橙色)は、国、地方公共団体と社会保障基金(年金など)の合計である。
    一般政府の資金不足は2つの原因で生じ得る。不況対策のための財政出動(支出の増加)と、不況による税収の減少である。このほかに放漫財政があり得るが、日本ではこの要素は小さいと考える(「財政出動論26 財政赤字の主因は放漫財政でなく設備投資の変動」参照)
    逆に、資金不足縮小の原因は、財政緊縮(財政再建のための支出削減)又は税収の増加である。

    では、一般政府の資金不足(橙色)は、日本の長期停滞下では、何によって規定されているのだろうか。上のグラフでわかるように、90年代後半の企業部門の資金不足の縮小と共に、政府の赤字が増加し、98年以降の企業部門の資金余剰への転換と共に、さらに政府の資金不足が拡大し定着していることがわかるだろう。
    より詳しくは「「財政出動論26 財政赤字の主因は放漫財政でなく設備投資の変動」参照)。

家計家計部門(黄色)は、通常の国ではどこでも、資金余剰であるのが普通だ。経済全体の中では、家計が行った貯蓄を、資金不足部門である企業部門が金融機関を介して借入れを行い、設備投資を行うというのが正常な姿である。
    グラフを見ると、この時期の日本の家計部門の資金余剰は、Aに比べてBの期間には縮小していることがわかるだろう。Bの期間になってからは、家計は、収入の使途の内訳で、貯蓄を減らして支出つまり消費や住宅投資に使う割合を高めている。家計は限られた所得の中で、目一杯消費を行っている状態だと言える。

非金融法人企業: 「非金融法人企業」(赤色)は、金融機関以外の「一般企業」のことである。上で書いたように、通常、一般企業は、家計(黄色)の貯蓄(資金余剰分)を借り入れて設備投資を行うものだから、企業は通常「資金不足」部門である。グラフで「」の間はこのセオリーどおりの状態である。
    ところが、バブル崩壊後90年代を通じてこれは縮小を続け、97年の消費税増税後、98年度からは「」のとおり、企業部門が「資金余剰」という「異常な」状態になり現在に続いている。現在の日本の長期停滞の原因は、主にこれに係わっていると考える。

   企業部門が資金余剰であるとは、おおむね企業が「設備投資」を縮小しているということである。結局、現在の長期停滞は、直接的には企業が設備投資をしていないことが原因と考えてよい。

    では、企業が設備投資をしない原因がなにかといえば、それは、基本的には消費需要が伸びないからだ。売上が伸びないのに企業が(生産能力を拡張する)設備投資を増やすことはない(→せいぜい更新投資が中心になる)。・・(なお、実質金利などで議論することは問題を見えにくくすると考える)。
    では、消費需要が増えないのは、なぜだろうか。上で見たように、家計は貯蓄(資金余剰)を減らしているのだから、所得の使い道として貯蓄よりも消費が優先されている。家計が消費を能動的に抑制しているとは言えない。つまるところ問題は、家計の「所得」全体が低迷している点にある。
    では、家計の所得低迷の原因は、何だろうか。それは、不況で労働力が余り、(また国際競争の圧力もあって)賃金が抑制されているのだ。
    その結果、企業の取り分が増えている。つまり、企業への分配が増えているのである。本来なら、企業への分配が増えれば、その資金は設備投資に使われるはずだが、合理的に行動する企業にとっては、消費需要が伸びないのに、設備投資を行うのは無意味である。その結果、企業は資金余剰状態を続けている。

・・・まあ、これだけ企業が金余りなのに、さらに企業への分配を増やそうと法人税減税、その一方で消費を減らす消費税増税(結局は法人税減税の財源にもなる)が進行している。

    この2つの増減税で構成される政策ミックスは、需要を支えている主体(家計)の予算を制約させて需要を抑制し、お金が有り余っているにもかかわらず、需要を作り出さない(設備投資しない)主体(企業)のキャッシュフローを増やそうとしているのだから、滑稽なほどのデフレ政策というべきだろう。だが、上でも書いたように、企業が設備投資を行わないのは、消費需要が伸びる見込みがないからであり、それ自体は極めて合理的な行動である。・・・企業を批判することはできない。批判されるべきは政府である。

    以上は、経済が持続的に成長を続けるには、設備投資と消費が揃って成長すべきという観点に基づく。生産能力と(消費)需要は並行して増える必要があるが、長期停滞下では消費が伸びないために、(消費に制約されて)設備投資が抑えられていると考える。設備投資の結果、生産能力が増えても、それで生産される製品を買う力が家計になければ、需要不足になる。
    そもそも、標準的な経済学では、設備投資が増えれば、消費はそれに追随して「自動的に増える」と考える。だから、サプライサイドだけ考えればよいというわけだ。とすれば需要不足はない?
    ・・・しかし、需要不足は、現実には極めて普遍的に存在するように見える。だから、消費などの需要は、完全には投資等のサプライサイドの変動には規定されず、独自に動く部分もあると考えるのが実態に合うと思う。特に(特殊な)米英を除く先進国ではそうである。・・・権丈先生の このページ の最下段あたりも参照。

2 C(07年度)・・・明確な「財政緊縮」の負の効果の実例

    グラフでは、政府資金不足は、03年度から06年度へと順調に縮小したことがわかる。ちょうどこれとは逆に、企業部門資金余剰も縮小している。

    これは、当時の小泉政権期では、政府支出の抑制もあったが、むしろ円安と米国の住宅バブルに伴う輸出増加で、景気が回復(「実感なき景気回復」)し、税収が増加したことによると考えられる。
    輸出企業は、輸出の増加に伴って輸出財増産のために設備投資を増加させたために、企業部門の資金余剰は急速に縮小した(グラフ参照)。一方で、それによる(需要増加→)景気回復で税収が増加し、政府部門の赤字(政府の資金不足)も縮小したのである。

    しかし、07年度(グラフで「」の年)には、一転して企業の資金余剰は前年に比べてほぼ倍増している。これは米国の住宅バブル崩壊を見て、企業が設備投資を抑制したことが原因と考えられる。

    なお、設備投資の縮小については、その1年前の量的緩和の終了(06年3月)によって金融引き締めが生じたためとする一部のリフレ派の解釈もある。企業に設備投資意欲があるにもかかわらず、金融引き締めで資金調達ができなかったため設備投資が縮小したと考えるのである。しかし、この解釈では、企業部門の資金余剰「倍増」(企業が資金を余らせた)という事実は説明できない

    このとき、他部門の状況を見れば、まず家計部門の資金余剰は前年の06年度とほぼ同水準、海外部門(輸出)の資金不足も前年並みである。
    さらに、企業の設備投資が急減し、企業の資金余剰が急拡大するという状況下(これは需要不足をもたらす)で、政府部門の資金不足は、前年の低い水準を維持した

    この結果、残る「金融部門」が、企業部門の資金余剰急拡大を吸収せざるを得なくなり、金融部門は「資金不足」となった(グラフの)。

    企業が設備投資を縮小した結果、企業部門の資金余剰増加と共に経済全体として資金余剰が増加した。これによって発生した借り手のない資金は、「金融機関」(水色)の資金不足として現れるしかなかったのである。
    言い換えると、金融機関は家計や企業の余剰資金を預金に受け入れたが、貸出や投資先がなかったため、資金はそのまま金融機関に滞留し、統計にはそのまま金融機関の負債増加として現れたのである。
            注)金融機関の資金過不足とは、主に「貸出(+投資)増加(=債権増加)」
                と、「借入(預金等)などの増加(=債務増加)」の差額である)。

                    なお、「資金過不足」とは、その年度内に増加(減少)した金融資産と
                金融負債の差額を示している。したがって、金融部門以外では、借入(金
                融負債の増加)したお金は、設備投資や消費に使われ、実物資産(生産設
                備)や消費財、貿易財などの実物的な財や資産に置き換わり、その分金融
                資産は減少する。この結果、金融資産と金融負債との間に差額が生じる。
                それが資金過不足である。
                   これに対して、金融部門は、借入した金融負債(家計や企業の預金増加は
               金融部門にとって借入であり、負債の増加にあたる)を通常は、貸し出した
               り、投資(債券購入)したりするが、貸出債権や債券は金融資産だから、
               全な状態では、ざっくりいえば常に金融資産=金融負債が維持されている
                   だが、一般企業の借り入れ需要がなかったり、今のように日銀が大量に国
               債を購入するなどで、十分な貸出先や債券投資が不足すると、負債にくらべ
               て運用資産が少なくなる。これが金融機関の「資金不足」である。資金不足
               といっても、お金が足りないのではなく、負債が多いというだけの状態(資
               金不足だから「借りた」と捉えるだけで、金がないのではない)である。

    このように、資金が金融機関に滞留し、財やサービスの需要として使われなかった結果、その分、財・サービス市場では有効需要が不足し、景気に負の影響を与えた。

    この結果、「実感なき景気回復」は、07年度内の08年2月に山(=内閣府の景気基準日付による)を迎え景気後退期入りした。08年9月のリーマンショックでかき消されてしまったが、日本経済はリーマンショック前に、すでに景気後退期入りしていた。

    原因は、当時の政府が、日本経済全体の変化を無視して、財政赤字の圧縮(国債発行の前年並み水準の維持)にこだわって機動的な財政出動が行われなかったためである。その結果、政府部門の資金不足(財政赤字)は低いまま維持されたが、そのつけは資金的には金融機関の資金不足として現れ財市場では(設備投資の縮小という)需要不足として現れた。リーマンショックがなければ、この事実はもっと明確に示され、重い不況下での財政緊縮の悪影響が明確に示されただろう。

3 異次元緩和後の13年度・・・1年間を資金循環で見る
    〜まだまだ先は長いか〜

    つぎに、年度開始とともに「異次元緩和」が開始された13年度(グラフの「」)をみてみよう。これをみると、金融機関の資金不足の急拡大以外は、12年度とほとんど変化がない。

(1)全体としての資金循環

    まず、海外部門は、経常収支縮小=資金不足を縮小した。一方、企業部門は12年度よりもむしろ資金余剰を増やしている(前年比18%増)。また、政府部門の資金不足は前年度の水準を維持した
    つまり企業部門と海外部門の変動は、資金余剰を拡大させた一方、政府部門は資金不足の水準を変えなかった(=財政出動がなかった)。このため、07年度と同様に、13年度も金融機関がその資金余剰分を吸収せざるを得なくなった。結局、金融機関が資金不足を引き受ける形になったのである。

    つまり、金融機関では、企業や家計の預金を受け入れても(=借りても)貸出先や投資先が不足したため、(比喩的に言えば)受け入れた預金を金庫に遊ばせたままになったのである。

    なお、こうした変動は日銀の異次元緩和とは無関係であり、その影響は受けていない。異次元緩和(質的・量的緩和)とは、まあ日銀が、市中金融機関が保有している国債等を買い上げて、代金を市中金融機関が日銀に開設している当座預金口座に振り込むものだ。これは市中金融機関からすると、国債等に投資していた資金を日銀当座預金口座に振り替えた(日銀に貸したのと同じ。日銀は利子を付けて借りている)だけで、資産としての運用先を変えただけである。これは市中金融機関の(この資金循環統計でいう)「資金過不足」に直接は影響しない。
    この統計で日銀は市中金融機関と共に、金融部門に含まれているから、日銀の異次元緩和による市中銀行への資金供給が、市中銀行から他部門への貸出や投資を拡大させない限り、異次元緩和は、この統計でいう金融部門の資金過不足に(したがって他部門の資金過不足に)影響を与えない。
    金融部門の資金不足は、他の部門の過不足の合計が資金余剰でなければ生じない。両者は同額になる(さもなければ、全部門の合計はゼロにはならない)。
    グラフでこの13年度を見る限り、異次元緩和に係わる資金は、全体としておおむね金融機関間に止まっており、実体経済(財・サービス市場)には、わずかに漏れ出ている程度だろうと言える。

    13年度を通算してみれば、金融機関に使われない無駄金が眠ったために、その分だけ、財・サービス市場の有効需要は(年度を通算すれば)不足していたことになる。駆け込み需要を除けば、消費や設備投資は盛り上がらなかったことになる。


(2)設備投資は未だ明確には増加せず
   リフレ派の標準的解釈では、リフレ政策が開始されると設備投資が増加するが、当初、企業は内部留保(自己)資金を使って設備投資を増やすため金融機関の貸出はすぐには増えない

            例えば・・・岡田靖・安達誠司・岩田規久男[2002]「大恐慌と昭和恐慌に見る
              レジーム転換と現代日本の金融政策」原田泰・岩田規久男編著『デフレ不況
              の実証分析』東洋経済新報社、171-193頁 参照

    しかし、グラフのをみると、企業は12年度よりもむしろ資金余剰を増やしている(前年比18%増)。つまり、1年目の段階ではあるが、まだまだ、自己資金を使っても設備投資を大幅に増やしている段階に達しているとは言えない

    日銀の黒田総裁、岩田副総裁は、(異次元緩和開始後1年半となる)今年の後半くらいから、こうした傾向が出てくるものと考えているのだろう(この見通しでは、14年度後半くらいから企業部門の資金余剰は縮小を開始するはずということ)。・・・だから、追加緩和の必要性を感じないのだ。・・・つまり、今後、数か月でリフレ派の正否が試されることになる。数か月経っても効果が見えないときには、追加緩和ということになるだろう。しかし、その効果が出るまでには、やはり1年半から2年程度の時間がかかるだろう(つまり、間に合わない。この場合、最後は、その間を「期待」でつなげるほどインパクトのある対策が出せるかである)。