2014年5月14日水曜日

財政出動論36 財政赤字・政府累積債務の持続可能性のその後

改訂270303 270301の追加分にさらに若干記述を追加 270301 この頁後半の「星岳雄・伊藤隆敏論文」に関して、大幅に記述を追加(「◎」以下の部分)260514 PM10:30 文章の整理

    「政府財政赤字・政府累積債務の持続可能性」つまり日本が国債を発行できなくなる限界は、国債発行残高が家計の金融資産千数百兆円を上回る点あたりにあるという議論が2010年頃にあった。
    2011年1月の「財政出動論7 財政赤字・政府累積債務の持続可能性」は、こうした議論が誤っていることを指摘したものだ。
    この議論に付け加えることは現在でもないのだが、その後3年を経過して、この間に見つけた、この財政出動論7と同様の考え方の例を2つ紹介しておこう。

1 「 Yahoo!知恵袋」の日本(国債)が破綻しない理由
 2014年3月28日に「 Yahoo!知恵袋」で、日本国債が破綻しない理由について、わかりやすい説明を見つけ、twitter で次のように紹介した。

「すばらしい、懇切丁寧、いたれりつくせりの『日本(国債)が破綻しない理由』 (Yahoo知恵袋)・・なんでこんなに簡単な(経済学的にベーシックな)ことがわからない投資家、ファンドマネージャー、格付け会社、経済学者が多いのか理解に苦しむ。」
財政出動論7 財政赤字・政府累積債務の持続可能性」(11年1月)は、この(Yahoo知恵袋)」と同様の観点である。また、拙著『日本国債のパラドックスと財政出動の経済学』(新評論、13年10月刊)でも、同様の議論を簡単に整理している(220〜222ページ)。
             注)ただし、拙著は、日本国債が破綻しないメカニズムの検討自体目的では
                く、そのメカニズムの検討を踏まえて、新しい経済学の理解のあり方を追究し
               ている

     財政出動論7では、この極めてベーシックに思える問題でありながら、経済学者を始めエコノミスト、官僚や政治家などに幅広く誤解されている通念に反するメカニズムをどのように説明すればよいかと考えた結果、いろいろな説明の仕方がありうる中で、結局、「日本の個人金融資産の総額を、公債発行残高が上回ったときに日本国債の破綻が現実味を帯びる」という議論に問題があることに焦点を当てて書いた。そうしたこともあり、少し偏りがあった。

だから、日本(国債)が破綻しない理由』 (Yahoo知恵袋)のように、直接的にターゲットを絞った明快な整理もあると紹介しリンクしたわけだ。
  
2 森田(2014)『国債リスク』(東洋経済新報社)
    フローとストックを混同した議論などが誤っている点については、次の本にもオーソドックスで丁寧な解説がある。実務家の視点で書かれているが(意外にも)この本の議論は論理的かつ正確であり、我々の議論とまったく整合的だ。
(森田氏は「SMBC日興証券チーフ金利ステラテジスト・・・通算20年以上にわたって日本の国債市場に関わる業務に従事」とある)

    森田長太郎(2014)国債リスク 金利が上昇するとき』東洋経済新報社  

ただし、日本国債が安定的に消化されている理由として、拙著日本国債のパラドックスと・・・財・サービス市場で需要として使われなかった資金が債券市場に流れ込んでいて、それが国債の消化を安定的にしていると考えている。つまり、重不況下だから、国債消化は安定しているのであり、不況である限りは安定しているが、それが好況に転ずると、国債消化は難しくなると考えている(しかし、好況になれば税収が増えるから、国債発行額は縮小する)。
これに対して、森田氏は、国債消化資金が企業の資金余剰によって消化され、その企業の資金余剰の源泉を労働報酬の抑制を中心とする複数の表層的なメカニズムに従って理解している。しかし、これでは、労働報酬の抑制が解除され国債消化が出来なくなる契機やタイミングを予想することが困難である。
一方、拙著では、その表層的なメカニズムの本質的な背景に不況というメカニズムがあると考える。したがって、国債消化資金の流入が減少する契機、タイミングは、不況の終結であることが明確だ(もちろん、不況が終結し好況となれば、上で述べたように税収が増え、国債発行の必要も減少する)。

3 以上の観点に反する議論をしておられる有力な経済学者
    最後に、以上の我々の観点が疑問に思う、有力な経済学者の著作、ペーパーを改めて紹介しておこう。ただし、誤解もあるかもしれない。

  財政出動論7では、小黒一正先生(現法政大学准教授)(『2020年、日本が破綻する日』日経、2010)などの例を取り上げた。

   上の①のような議論は、2010年までは散見されたが、その後は見ていなかった。ところが、2013年になって、星岳雄(現スタンフォード大学教授)・伊藤隆敏(東大教授)両先生の2012年の論文を発見した。・・・これについては、日本語の簡単な紹介とリンクが『英字紙ウォッチング』の「重力に逆らう日本国債」にある。次に引用しよう。

            「星岳雄、伊藤隆敏両先生による最新の論文が出た。日本の公的債務残高が
            持続可能ではないのに、なぜか日本国債の金利は低位で安定したままだ。『
            どのくらい日本国債の価格は高いままとどまっていられるのだろうか」と問
             いかけている。 
                一つの答えとして、民間部門の金融資産残高を公的債務残高が超えたとき、
            日本国債の金利は急上昇を始めることを示している。そして、大胆な財政再
            建策がとられなければ、今後10年以内にその天井に到達することが予測さ
            れている。」

      (なお、この論文については、すでに拙著「日本国債のパラドックスと財政出動
      の経済学」2013で、付言している)。
  Takeo Hoshi, Takatoshi Ito,(2012),"Defying Gravity: How Long Will Japanese 
Government Bond Prices Remain High?",NBER Working Paper No.18287 .

         また、この2012年論文の観点をベースに、日本経済研究センターの政策提言型
      英文誌 Asian Economic Policy Review の2013年12月号に、"Is the Sky the 
       limit? Can Japanese Government Bonds Continue to Defy Gravity? "を寄稿されて
       いる(この論文の抄訳:「(国債発行残高に)上限はないのか?日本国債は

 政府部門の財政は、マクロ経済全体とは無関係なのか?
    ②は、家計部門単独ではなく民間全体の金融資産残高と公的債務残高を比較している点で①よりはましだが、公的債務残高を、おおむね現在のトレンドを単純に外挿して(つまり単純に増加していくと仮定して両者を比較しているという点でおかしい(「一つの答えとして」とは書いておられるが)。
    これは、著者らが、公的債務残高の動向は、民間経済とは無関係に政府と国会の裁量だけで左右されていると考えておられることを意味する。つまり、政府部門の財政は、マクロ経済全体と無関係だという観点だ。
    しかし、公的債務残高は、税収の減少、失業対策や生活保護などの関係事業など景気の変動に従って自動的に公的債務残高が増加する支出、さらには景気対策のための積極的な財政支出などを介して、民間の経済と結びついており、民間の資産残高は民間の経済と結びついていると考えるのが自然だ。公的債務残高は、経済の動向・経済の変動つまり需要不足と密接に関係していると考えられる。
    このことはリーマンショック後の先進国経済でも、また日本でも経済の推移を見ることによって容易に確認することができる→例えば「財政出動論26 財政赤字の主因は放漫財政でなく設備投資の変動」参照(ただし、これは資産や負債の累計残高ではなく、おおむね毎年の増減分を見ていることになる)。

◎   民間の資金余剰の増加と公的な資金不足の増加が連動しているのはなぜだろうか
    上記の「財政出動論26 財政赤字の主因は放漫財政でなく設備投資の変動」にみるように、民間の資金余剰(貯蓄)の増加と公的な資金不足(負債)の増加は連動している
    それは、拙著の「重不況の経済学」と「日本国債のパラドックスと財政出動の経済学」で述べてきたように、財・サービス市場で需要不足が生じたときには、財・サービスの購入に使われなかったマネーが、貨幣市場に滞留し、さらにそれが債券市場に流入して、債券市場に超過需要を引き起こすからだ。つまり、財・サービス市場でマネーが使われなかったことで、それが貨幣ないしは債券という形で金融資産を求めるニーズが生じ、それは貨幣市場と債券市場に超過需要を生じさせる。そして、それが債券価格の上昇つまり債券金利の低下を引き起こす。
    すなわち、消費の伸びが低下し、それを見て企業の設備投資が抑制する結果、財・サービス市場に需要不足が発生する。このとき、経済活動の不活発化によって政府部門の税収が減少し、また、企業の倒産や失業の増大などが生じて景気対策が必要とされるようになるため、政府部門は資金不足となり、借入が必要となる。
    このため、政府は公債を発行して資金を調達することになるが、民間が公債を購入するための資金は、(財・サービス市場の需要不足に伴って)すでに民間で発生しているのである。そして、(逆に)民間は公債が発行されなければ、資産を増加させることはできない。なぜなら、資産とは誰かの負債であるが、企業は設備投資を抑制しているから社債を発行する必要性が小さい(つまり、企業は負債を増やしてくれない)からだ。
    つまり、家計や企業がマネーを(消費や設備投資をしない=)財・サービスに使わずマネーを蓄積する(資金余剰=貯蓄を増加させる)とき、同額だけ、誰かが負債を増やして(借りて)マネーを財・サービスに使ってくれないといけない。そうならないとき、経済はスパイラル的に収縮していく。
    それができるのは、誰だろうか。家計は失業の不安に怯えて消費を抑制し、企業は需要不足による供給過剰や新たな過大投資を恐れて設備投資を抑制する。このとき、失業の不安と倒産の恐れがな借入をして支出を増やせる経済主体は政府しかない(国内では)。
    なお、平穏な経済状況では、「海外」の負債増加が期待できる。海外の国は、日本とは経済の好況不況のタイミングが異なることが多いから、日本が不況でも、好況な国に輸出を増やせば、日本は不況を脱出できた。過去の高度成長期、しばしば日本は海外への輸出増大で景気回復してきた。しかし、現在は、リーマンショック後の世界的な景気停滞の中で、海外の国々も日本と「同時に」不況であり、海外が借入主体(注)になって日本の製品を買ってくれる可能性については、不確実性が高い
         注)日本の経常収支の黒字は、旧統計でいう「資本収支赤字+外貨準備増減の増」
            と必ず一致する。「資本収支赤字+外貨準備増減の増」とは海外への貸付のこと
            である。したがって、日本が経常収支黒字を拡大するには、同額だけ海外は日本
            から資金を借りる必要がある(日本が貸さなければ、為替レートが円高に振れて
            事後的に経常収支が《強制的に》バランスする)。

    海外がだめなら、政府が赤字を増やし、政府の債務が増加するしかない。しないなら、経済が縮小していく。政府の累積債務が毎年積み上がっているのは、民間の経済主体が消費や設備投資に充分マネーを使わないためであり、その意味で正常な状態なのだ。

    (詳しくは、拙著又は次の頁を参照)
New Economic Thinking2◎資金循環とワルラス法則基盤の新たな体系
New Economic Thinking10 マネーの二つの側面からみた日本国債のパラドックス

◎ 実際に、マネーストックを左右しているのは、重い不況期では公債発行のようだ

    ア 日本の2000年代の量的緩和期
    2001年〜2006年の量的緩和期のうち、(当時データがあった)2001〜2003年のマネーストックの変化率に対する寄与度でみると、マネーストックの変化率(1.63〜3.30%の範囲)に対して、民間向信用(貸出、社債、株式)の寄与は常にマイナス(−2.29〜−4.34%ポイントの範囲)、対外資産をは0近傍(0.00〜−0.40の範囲)で、唯一公共部門向信用(公債等)のみがプラス(2.49〜7.53の範囲)という報告(田中2006)がある。
     田中敦[2006]『日本の金融政策 ーレジームシフトの計量分析ー』有斐閣、188頁表1

    つまり、現在のような重い不況下では、マネーストックの伸び率を左右しているのは、公債の発行状況である可能性がある。マネーストックが伸びなければ、物価が上昇するとは考えにくい。

   イ 米国の大恐慌期
   つぎに、同様に重い不況の例として米国の大恐慌期を見てみよう。大恐慌からの回復過程で、マネーストックが急速に伸びているが、当時の銀行の信用供与先の状況を見ると、民間向け信用は停滞したままであり、急速に増加しているのは、政府向け信用(公債購入)であることがリチャード・クーによって実証的に示された(これは、拙著(向井2013)でグラフ(44頁図2(下の図2参照)、47頁図3)で分かりやすく解説)。(なお、F.D.ルーズベルトの大統領就任は、1933年3月)
    向井文雄[2013]「日本国債のパラドックスと財政出動の経済学」新評論
なおこれは「財政出動論3 大恐慌期の金融政策の有効性」で解説している。

   ウ 日本の昭和恐慌期
   さらに、米国の大恐慌期に対応する日本の昭和恐慌で、同様の分析を行うと、やはり、民間向け信用(貸出、社債購入)は停滞しており、当時のマネーストックの伸びに対応して急速に伸びているのは、政府向け信用(公債購入)であることを拙著(向井2013、56頁図8)で示した。
    向井文雄[2013]「日本国債のパラドックスと財政出動の経済学」新評論
    なお、日本の昭和恐慌期については(藤野・寺西2000)によって復元された「戦前金融資産負債残高表:1871〜1940年」データ(同書巻末付録473〜559頁に基づく。
    藤野正三郎・寺西重郎[2000]『日本金融の数量分析』東洋経済新報社

    これを少し簡略化して分かりやすいグラフで日本の昭和恐慌期の状況を見てみよう。高橋財政によって回復した31年〜34年の3年間の変化率を見ると、民間向貸出+社債投資が▲2.3%と減少している一方、公債投資は59.3%増加している。
注)なお、これは上の米国のグラフと異なって積み重ねグラフではない。
      データ出所:藤野正三郎・寺西重郎[2000]『日本金融の数量分析』東洋経済新報社

    ちなみに、重い不況下では、通常であれば資金不足部門(借入で設備投資を行う)であるはずの企業部門が、資金余剰となる傾向が広く見られる(例えば、「財政出動論26 財政赤字の主因は放漫財政でなく設備投資の変動」では、2つのグラフで、それぞれ長期停滞下の日本と、リーマンショック後の米国で、企業が資金余剰部門に転換したことを示した(ただし、米国では1年後にはすぐに資金不足部門に戻った)。
     また、昭和恐慌期の日本でも、企業部門が資金余剰となったことが[岡田・安達・岩田(2002)]で示されている次に引用するグラフ参照)。企業が設備投資を拡大するとき、初めのうちは、この時期に生じた余剰資金を使うと考えられ、したがって景気回復のの初期は、銀行からの融資はすぐには増えないと考えられる。
    しかし、この下のグラフをみると、企業部門は1933年には資金不足に再転換し、1934年にはかなりの資金不足となっていたと考えられる。一方、上のグラフを見ると1934年の銀行からの貸出しは、依然、停滞ないしは減少状況である。つまり、この段階では、銀行からの貸出しは未だ設備投資の増加を促進したとは言えないように見える。
               グラフの出所:岡田靖・安達誠司・岩田規久男[2002]「大恐慌と昭和恐慌に見るレジーム転換
                           と金融政策」原田泰・岩田規久男編『デフレ不況の実証分析』東洋経済新報社.187頁

    エ 異次元緩和下ではまだわからない
    以上のア〜ウを考慮すると、重い不況下で生じたマネーストックの増加が、すべて金融緩和政策の効果によるものであり、財政出動の影響はほとんどないという(2000年代初頭までに《世界的に》一旦確立された)見方には、少なくとも疑問符がつくものと考える。これを前提に今回の異次元緩和の効果を少し考えて見よう。
    異次元緩和による急激なマネタリーベース(日銀券発行残高+日銀当座預金残高)の増加にもかかわらず、これまでのところのマネーストック(国と金融機関以外の経済主体が保有する金融資産)の伸びは、2001年〜2006年の量的緩和期と比較して、それほど差がないようだ。これは「財政出動論35 「異次元緩和」開始後1年の日本経済」の図2をみれば明らかだ。2001年からの量的緩和の前後に比較して、今回の異次元緩和前後の伸びはむしろ、開始前の伸び率の水準を考えると、異次元緩和のマネーストックの伸び率の加速の程度はむしろ低い(異次元緩和のマネーストックへの効果は、これまでのところ量的緩和時より高いとは言えない)
    今回の異次元緩和の「緩和開始1年後からの1年」は、まだ数字が出ていないけれども、今年1月時点のマネーストックは3.4%の伸びなので、前回の「量的緩和」時よりも高い可能性が強い(点線)。これは開始前の水準(異次元緩和前2年間の伸び率がいずれも3%超)が高いし、緩和開始年の2013年度は、アベノミクスの第二の矢で財政出動が行われ、公債発行が一定程度あったことで理解できる。
    便のために、図2をここに再掲しておこう。
データ出所:日本銀行

    今後伸びていく可能性はあるが、少なくとも、上で見たように「重い不況下では」金融機関の資産残高が公債の発行によって規定されている程度が高いとするなら、今後の公債の発行状況は、マネーストックに影響を及ぼすと考えられる。
   「経済をよくするって、どうすれば」さんの計算によると、2015年度政府部門(国、地方、社会保障基金)の予算は、8兆円の緊縮(14年度の消費税と同規模)となるようだ。その分、公債の発行が縮小すると考えてよいから、その分、マネーストックは伸びが抑制されると考えられる。つまり、2015年度のマネーストックの伸び率は低下する方向の力を受ける。
    あとは、異次元緩和政策や原油安に刺激されて、民間がどの程度がんばれるか、米国の景気回復や円安によって、どの程度輸出が伸びるかである。

    「経済をよくするって、どうすれば」2015年02月22日



===
◎最後に、もし、この内容に係わる何かについて(特にペーパーに)書かれる場合は、参照文献として拙著『日本国債のパラドックスと財政出動の経済学』(新評論、2013)を上げていていたければ幸甚です(なお、このブログの「New Economic Thinking(新しい経済学)シリーズ」に書かれていることは、ほぼこの本に書かれています。また、「財政出動論シリーズ」に書かれていることの大半も同様です)。

2014年5月7日水曜日

財政出動論35 「異次元緩和」開始後1年〜の日本経済

改訂:270609 図2B(M2,M3,貸出、MBの2010.1〜2015.4までの月次の推移グラフ)を追加。270608 遅れましたが、日銀のデータが追加されたので図2のグラフを再改訂。270301 図2のグラフの数字を若干改訂し、それに伴って説明も改訂。260514 末尾にⅢ提言(住宅投資に注目すべき)を追加しました
     注)基本は1年後の時点で書いてありますが、その1年弱後の27年3月時点で図2を改訂しましたので
         図2に係わる部分で、若干図2と本文が齟齬している部分があります(本文は基本的に1年前の記述
         のまま)。

はじめに
    「財政出動論」という表題で金融緩和政策を論ずるのは、偏りがあるようにも見えるかもしれない。もちろん、多少はある。だが、このブログの「財政出動論」の観点は、財政出動も金融緩和も重不況対策の手段だというものだ。どちらでも効くなら、それを使えばよい。日本や世界の長期停滞が解消できれば、方法は何でも良いと考えるものだ。
    個人的には金融政策の有効性は高いと考えていた時期もあった(2003年頃からリーマンショック後しばらくまで)。その後徐々に、(重不況下での)財政出動有効論者に変化しわけだが、再び戻ることもあり得ると思ってもいる。是々非々であり、こだわりはない。ただし、今の時点では、若干の偏りはあるかもしれない。それを前提に読んでいただければ幸い。
    これは、今後、具体的に実施されている異次元緩和政策の現状を自分のために整理し、今後1、2年の経済変動の理解の一助とするもので、どちらかと言えば、自分の頭の整理のために書くものだ。とりあえず、6枚ほどあるグラフを眺めていただいてもよい。

Ⅰ 「異次元緩和」開始後1年(一部2年)の日本経済

    こうした観点から「異次元緩和」(量的・質的金融緩和)を今の開始後1年の時点で眺めると、その効果については、効いている、効いてないという両方の話が聞こえてくる。これはそれぞれ見ている面が違うのだろう。
    どこを見て効いている、効いていないという話になっているのかをざっと見てみよう。それによって、この後1年くらいの経済の変化を理解しやすくすることがこの頁の目的である。

1 マネーストックで見る重不況期の金融政策の効果

    不況期の金融緩和政策は、一般に、①信用緩和効果(それによるリスクプレミアムの抑制など)、②時間軸効果(それによる長期金利低下)、③ポートフォリオ・リバランス効果(それによる実体経済への資金供給)、④為替レートの自国通貨安による純輸出増加効果、⑤株式などの資産価格上昇による資産効果⑥物価上昇による支出の前倒し効果など、さまざまな経路を通じて経済活動を活性化すると考えられている。
    この1では、まず、それらの総合的結果として生ずる、マネーストックの増加に注目して見てみよう。これは、さまざまな経路で生ずる経済活動の活性化の結果、取引が増えてマネーストックが増加すると考えられているからだ。
    ただし、金融緩和政策が不況期に効果を現すには、通常1年〜2年、長ければ3年程度のラグがあるとされる。例えば、白川前日銀総裁は京大教授時代の著書(『現代の金融政策』(2008)186頁)で「1〜2年程度」、高橋洋一氏も近著(『財務省の逆襲』(2013年11月)11頁など)で「2年」と述べている。
    したがって、効果を見るにはまだ早すぎると言える。しかし、上で見た①〜⑥などのさまざまな経路によっては、早期に効果を現すものもあるので、1年でも効果の兆候はみえるかもしれない。
            注)なお、金融緩和政策の実体経済への波及については、①中央銀行の金融
                緩和→②マネタリーベース増加→③マネーストック増加→④実体経済の活
               動活発化という順序のイメージで捉えられやすい。
                   しかし、現実には、②→③が、(特に『重不況下』では)下で見るよう
              に短期では簡単ではないし、③と④は少なくとも同時、むしろ④→③であ
              るようだ(こうした見方は、例えば、この頁の中段の図B(大恐慌期の「
              ネーサプライ・物価・実質GNP」を示すグラフ)とも矛盾しない)。

(1)日本の長期停滞下の量的緩和政策

    今回の黒田日銀による「異次元緩和」の比較対照として、速水総裁時代の「量的緩和政策」の際のマネーストックの変動を見てみよう。
    日本銀行は、97年の消費税増税、アジア通貨危機、国内金融危機を経て、速水優総裁時代に、99年2月〜00年8月にゼロ金利政策を、また、01年3月〜06年3月に量的緩和政策を行っている。
    その効果については、①金融システムの安定化には効果があった。②円安には効果があった。③それ以外の効果については、おおむね十分な効果はなかったとされている。

    そこで、この時期のマネーストックとマネタリーベースの関係を見てみよう。
    マネーストックとは、おおむね、金融機関と中央政府以外の経済主体(企業や家計)が金融機関に持つ流動性の高い預貯金(当座預金や普通預金など)と現金の合計を言い、マネタリーベースとは、金融機関が日銀に持つ当座預金と現金の合計をいう。
    ここで、マネーストックは、中長期では、経済活動の活発さに比例すると考えられる。
    これに対して、マネタリーベースは、中央銀行が操作可能なものである(具体的には、中央銀行が、市中銀行が保有する国債などを買い上げて、代金を市中銀行が中央銀行に持っている当座預金口座に振り込むとマネタリーベースが増加し、逆を行うと減少する
    一般に、マネーストックとマネタリーベースの間には一定の関係があるとされ、それを「貨幣乗数」(又は信用乗数)という(「貨幣乗数=マネーストック/マネタリーベース」である)。

    景気対策として金融緩和政策を重視する立場の人々は、中央銀行がマネタリーベースを操作することで、マネーストックが容易に操作可能だと考えている。
    その前提は、貨幣乗数が安定しているだろうという仮定にある。では、現実に、重不況下での量的緩和政策では、どうだっただろうか。
    図1のとおり、2001年3月の開始以後の1年間で、日銀はマネタリーベースを前年比で27.5%増加させたが、マネーストックは、3.5%しか増加しなかった。しかも、量的緩和を行う前年の伸びは2.6%だったので、量的緩和政策の効果は、マネーストックの伸びを0.9%加速させただけということになる。

    量的緩和は、2006年まで続けられ、開始以後3年目までは、前年比で12%〜16%程度マネタリーベースを増加させ続け、その後もマネタリーベースの水準は06年まで維持したが、この間のマネーストックの対前年比伸び率は、開始後2年目以降は毎年1.6〜1.9%程度の伸びに止まった。この水準は、量的緩和開始前の伸び率よりも低い
    つまり、この例を見る限り、重不況下では、中央銀行がマネーストックを操作する力は極めて弱いことがわかる。(長期停滞下では)貨幣乗数は、安定しているどころか、マネタリーベースの増加と反比例してただただ低下を続けた。
    これは、当時の日銀の(消極的)姿勢のため、量的緩和政策が「期待」に働きかける力が弱かったからだともされた。
データの出所:日本銀行時系列統計
注1)マネーストックは、旧マネーサプライのM2+CD(これは現マネーストック統計のM2に近い)
注2)横軸の各「1年」は、量的緩和開始の01年3月の前月を基準に2月から翌年2月までの伸びを比較

(2)異次元緩和政策におけるマネタリーベースとマネーストック

    次に今回の(2013年4月に開始された)異次元緩和政策の1年(〜2年まで延長)の状況をみてみよう。
    図2《27.6.8データを追加して再改訂》は、2001年のグラフ(青系統)に、2013年のグラフ(赤系統)を重ねている。

データの出所:日本銀行時系列統計
注1)異次元緩和関連のマネーストックは、現行マネーストックのM2(これは旧マネーサプライのM2+CDに近い)

注2)異次元緩和の場合の「1年」は、異次元緩和開始の13年4月の前月を基準に3月から翌年3月の伸びを比較

    図2をみると、2001年の量的緩和では、日銀は、マネタリーベースを27.5%伸ばした。この結果、開始前1年間のマネーストックの伸び率はわずかに0.9%ポイント加速させた。しかし、当時、あるいはその後、この加速自体の水準が低すぎると、内外の日銀批判の的にもなった。

    これに対して、今回2013年の異次元緩和ではマネタリーベースを54.8%増と2001年のほぼ2倍の規模で資金供給を行った。しかし、それによって生じたマネーストックの増加は、前年の伸び率をわずかに0.5%加速(3.1%→3.6%)させたにとどまる。
    つまり、効果がなかったとされる前回(量的緩和)よりもマネーストックを増加させる効果はさらに弱かった

    参考までに、2010年以降の月次のマネーストック(M2とM3)、総貸出額、マネタリーベースの変動のグラフ(図2B)を上げておこう(上の図2ピンクの線は、下の図2BM2水色の線)を各年の3月間で比較したものである。結構変動がある)。
データの出所:日本銀行時系列統計
    以上の状況をあらためて具体的に見ると、異次元緩和によるマネタリーベースの増加額が、13年4月から14年3月までの1年間で74兆円(135兆円→209兆円)だったのに対して、マネーストックの増加額は、わずかに37兆円(834兆円→871兆円)に止まっている。
    13年3月時点の貨幣乗数は6.2だったから、貨幣乗数が一定であれば、マネタリーベース74兆円の増加によって、マネーストックは約460兆円増えて約1300兆円になるはずだったところ、実際は37兆円しか増加せず、マネーストックは871兆円にとどまったのである。貨幣乗数は、結局、異次元緩和の期間中低下を続け、1年後の14年3月には4.1となっている

    異次元緩和開始前を見れば、マネーストックは、何もしなくても毎年3%程度は増えていた。異次元緩和政策は、これを0.4%押し上げ、伸び率は3.5%になった。
   なお、マネーストックを0.4%押し上げたということで、GDPをも0.4%押し上げたと解釈する余地がある。しかし、これには、因果関係の方向に関して議論があり得る。13年にマネーストックの伸びでGDP成長率が押し上げられたという因果関係があるとするなら、01年にもそうした効果がなければおかしいが、01年のGDPはマイナス成長である(例えば、「財政出動論17 財政出動と抑制の30年史概観」の図1参照)。つまり、やはり誤差の範囲といえる。

◎以上の整理
    以上から、まず、①「機械的な貨幣数量説」は明らかに短期では成り立たないことがわかるだろう。また、②中央銀行は、マネタリーベースを操作することによって、容易にマネーストックを操作できるという見方も(少なくとも短期では)ほぼ成り立たないことが理解できる。
    さらに、③開始後1年の時点で見たマネタリーベースとマネーストックの関係を見ると、異次元緩和政策は、金融市場や金融関係企業には大きな影響を与えているが、実体経済への影響は未だ(ほとんど?)見えないといえる。
             注)マネーストックは、金融法人企業を除いた一般の企業(非金融法人企業)や
              家計などの保有する現預金(預金のうち普通預金や当座預金譲渡性預など
              と現金の合計を現している。これはいわば実体経済の状況を示して いる。
                  これに対して、マネタリーベースは、金融機関が日本銀行の当金口座に
              持つ預金と現金の合計を表している。これは、いわば広い意味で金融場ー
              融関係企業の間の市場の状況を表していると言える。
                  すなわち、後者について効果はあったが、前者に対する効果はまだ見えてい
              ない。

    以上は、冒頭で述べたように、金融緩和政策の効果が生じる際のタイムラグが少なくとも1年、おそらく2年程度あるという認識からすれば当然のことである。気がかりは、それにしてもマネーストックの伸び率が01年の量的緩和の伸び率よりも低いことである。しかし、異次元緩和後2年(グラフで「開始1年後からの1年」)時点のマネーストックの伸びが前回の量的緩和(2001年開始)の2年後の「低下」とは異なって、低下が見えない=異なる点である。

    問題は、今後1、2年のうちに、マネーストックの伸びが 図2の「(1)?のように伸び続けるか、それとも、(2)?」のように、01年の量的緩和時と同様に再び低下するかである。
         注)グラフ図2を改訂したために、(1)(2)に関する記述の意味がなくなったので消
             しました。

(3)大恐慌期等と金融緩和政策
    さて、実は拙著『日本国債のパラドックスと・・・』とこの「財政出動論」の今の立場は、大恐慌、日本の長期停滞、今回のリーマンショック後の世界同時不況のような「重不況」では、金融緩和政策が単独で効果を現した例はほぼないと考えている。
    ただし、今回の「異次元緩和」は別かもしれないとは考えている(だから、この頁を書いているわけだ)が、その可能性と限界を整理するのは後で行うことにして、ここでは、過去に効果があったとされた例について整理しておこう。

◎大恐慌とリチャード・クー
    米国の大恐慌からの回復の原因が、米国への金の流入などによる金融緩和によるとの「通説」に対して、リチャード・クー「陰と陽の経済学」(2007)で、銀行預金の増加(=マネーストックの増加につながる)は、多くが国債投資に充てられ、民間企業への融資(貸出)はまったく増加していなかったことを実証的に指摘した。

    このことについては、このブログの「財政出動論3 大恐慌期の金融政策の有効性」で、グラフを使って紹介している(また、整理し直して、拙著「日本国債のパラドックスと財政出動の経済学」でも紹介している)。つまり、当時のマネーストックの増加は、政府の財政出動の増大を反映しただけだったのである。

    また、これと同様の観点から、日本の昭和恐慌における高橋財政期の銀行資産の運用の変化を、藤野正三郎寺西重郎先生が復元された戦前の資金循環データ藤野正三郎・寺西重郎(2000)の巻末に掲載)に基づいて分析したところ、当時の銀行資産の増加は、米国の大恐慌時についてクーが指摘したのと同様に、民間への貸出や社債投資にはまったく回っておらず、やはり国債投資に向けられていることがわかった。これも、拙著「日本国債のパラドックスと・・・」(第2章)で紹介した。したがって、岩田先生らの昭和恐慌の研究(岩田(2004)等)は、必ずしも単純には支持できないと考える。

    なお、リフレ派の岡田・安達・岩田 (2004) は、これを、金融緩和に係わるレジーム転換が企業に認識され、期待が変化したことによって設備投資が増加したが、そのための資金は企業の内部留保で賄われたために融資は増えなかったのだと解釈している。しかし、設備投資にあたって資金を借り入れる必要のない企業が、金融が緩和されたというニュースを見ただけで、高リスクの設備投資を行うようになるとは思えない。政府が、ニューディール政策で雇用拡大や景気拡大のための取り組み拡大を明確にし、実際に政府による発注が増加して生じた需要増加を見てはじめて、企業は政府の政策レジームの転換を実感し、設備投資を開始したのではないだろうか。
    ・リチャード・クー(2007)陰と陽の経済学東洋経済新報社
        同上英語版:Richard C. Koo,2008,"The Holy Grail of Macroeconomics:Lessons from Japans Great Recession"
   ・藤野正三郎・寺西重郎(2000)『日本金融の数量分析』東洋経済新報社
  ・向井文雄(2013)日本国債のパラドックスと財政出動の経済学」新評論
  ・岩田規久男編著(2004)昭和恐慌の研究』東洋経済新報社
岡田靖・安達誠司・岩田規久男(2004)「昭和恐慌に見る政策レジームの転換」岩田規久男編著『昭和恐慌の研究』東洋経済新報社、169-185

◎大恐慌とC・ローマー論文
    また、1992年のC.ローマー論文Romer [1992])は、大恐慌からの回復の要因として財政出動を重視してきた主要な学者の一人(ローマー)が金融緩和政策重視論者に転じたことで有名になった論文であり、この論文は、現在でもローマーの主要な業績の一つとされている。
    しかし、この論文の手法には、複数の問題があり、財政出動の影響が小さかったという論文の結論は支持できない。これは、拙著日本国債のパラドックスと・・・」(第2章)で整理している。
        注)なお、ローマーは、その後、オバマ政権の初代の大統領経済諮問委員会委
            員長として、リーマンショック後の大規模な財政出動の推進者の一人となっ
            ている。
   ・Romer , Christina D. [1992]  What Ended the Great Depression? ,Journal of Economic History, 52 : pp.757–84.

◎大恐慌と田中秀臣・安達誠司(2003)
    筆者は2003年頃、田中・安達『平成大停滞』(2003) の中で、大恐慌期の財政赤字と物価上昇の関係を描いたグラフを見て、直感的に金融緩和政策信者になった。しかし、後にこのグラフには誤りがあることを発見した
    この点については、すでに「財政出動論2 なぜ財政出動論?」で、問題点を指摘している。具体的には、田中・安達(2003)は、1936年6月の巨額の連邦支出をゼロと置いている。これは、財政支出の効果を小さく見せる方向の操作であり、STAP細胞騒ぎではないが、不正な操作とも受け取られかねない問題がある。(その意味で『財政出動論2」では、わずかに糾弾的なニュアンスがにじんでいるかもしれない)。

   これも拙著「日本国債のパラドックスと・・・」(第2章)で改めて整理したが、これは、36年6月の支出が突出して高い数値だったため、異常値としてネグられたのだろうと最終的には理解している。・・・(拙著『日本国債のパラドックスと・・・』41ページのコラム1でも書いているが→)実際は、この6月の巨額の支出は、退役軍人年金の巨額一時金支給があったことによる(当時政治問題化した著名な事件で、ルーズベルトは財政的見地から拒否権を発動したが、議会は再度の可決で拒否権を覆し、確定した)。
    これを踏まえると、拙著でも整理しているように、訂正後のグラフは、むしろ財政出動の効果と整合性の高いものになっている
    ・田中秀臣・安達誠司(2003)平成大停滞と昭和恐慌』日本放送出版協会

◎2001年の量的緩和の効果
    2001年に世界ではじめて行われた量的緩和政策には、十分な効果がなかったという評価が定着している。

以上の整理・・・金融緩和政策の効果
    以上から、米国の大恐慌や日本の昭和恐慌で、一見、金融緩和政策に効果があったように見える現象は、いずれも背景に財政出動があったと言えると考えている。
    一方で、十分な効果がなかったように見える2001年の量的緩和政策では、小泉政権下で政府支出は抑制された(つまり財政出動は行われなかった・・・「財政出動論17財政出動と抑制の30年史概観」の図1参照=公的需要(政府支出)の成長率への寄与は、この間ずっとマイナス)
    したがって、ここでの観点からすれば、小泉政権期に金融緩和政策に十分な効果がなかったように見えるのも当然なのである。

    一方、米国では、QE3(量的緩和第3弾)によって景気が回復しつつあるように見える。したがって、日本の異次元緩和も効果がある可能性があると考えている。
    ただし、今回の米国の回復は、大恐慌期における回復に比べると極めて緩慢であり、回復の様相はかなり異なっている。
    大恐慌期の回復について次の図をみれば、実質GNPなど諸指標は1933年(ルーズベルトの大統領就任が1933年3月)を底にV字回復している。だが、今回の2008年以降の米国の回復は、これとはかなり違って(これに比べれば)弱々しいものだ。
    また、大恐慌への転落の時期と回復の前半段階(1930〜1934年あたり)では、マネーストック(M2)の変化が、生産者物価(WPI)や実質GNPの変化に遅れて生じている。素直に見れば、こうした生産者物価や実質GNPといった実体経済のV字回復は、金融政策の変化によって生じたのではなく、実体経済の変化(物価やGNP)に追随して受動的にマネーストックが変化したにすぎないことを示しているように見える。
    図B
資料出所:内閣府「ゼロインフレ下の物価問題検討委員会報告書」(1999)の参考資料「1930年代アメリカ大恐慌のメカニズム」。なお、データの出所:Robert, J. Gordon, The  American  Business Cycle, The University of Chicago Press, 1986.


Ⅱ 異次元緩和政策の効果を詳細に見る

1 通常の効果の整理

    異次元金融緩和政策の効果を具体的に見るには、効果の経路ごとに状況を把握することがわかりやすい。一般に金融緩和政策の効果の経路としては、次のようなものがあるとされる。
    ① 信用不安の緩和による貸出増加
    ② 時間軸効果〜中長期金利引き下げ(将来も長期に短期金利を低いまま維持す
        ることを中央銀行が約束することで、中長期金利も下がる)
    ③ ポートフォリオ・リバランス効果(中央銀行が銀行の保有する国債を買い上
        げ、代金を日銀当座預金に振り込むと、銀行は流動性の高い資金形態での保有
        割合が増えるため、(簡単に言えば)資産の収益性〜流動性を適切な比率を維
        持しようとして、銀行が社債などの購入を増やし、それが企業の資金調達を容
        易にするといった効果)
    ④ 為替レートの自国通貨安
    ⑤ 資産価格の上昇による資産効果
    ⑥ インフレ期待への働きかけによる実質金利の引き下げ

    以上のうち、①については、日本の現状は信用不安の状況にはないから無関係。また、④は純輸出の増加となって現れる。②、③、⑥については、最終的には設備投資や住宅投資の増加となって効果が具体的に現れるが、⑤は、資産市場の資産価格の上昇による資産効果(→消費の増加)である。

    こうした各経路の実現状況を、開始後1年の時点で見ると、⑤については効果があったと考えられる。一方、②の時間軸効果により長期金利は低下している。③のリバランス効果はまだ入り口近辺、⑥の実質金利低下効果は生じている。また、④自国通貨安効果はあったと見られる。しかし、そのいずれも今の時点では、実体経済の設備投資に反映しているとはいえない。一方、住宅投資の増加は見られるが、消費増税前の駆け込み効果の影響が大きいと考えられる。消費についても、3月までの状況は、富裕層に係わる⑤の効果以外の大部分は、明らかに消費増税に係わる駆け込み需要である。

2 効果発現のタイミングで見る

    以上の効果のメカニズムについては、まず直ぐに効果が生じるものと、時間がかかるものがある。また、各効果のメカニズムとしては、「期待」の作用が大きいものが多い。期待は、固定的なものではないことや期待の生じるメカニズムが、必ずしも通常の経済メカニズムとは同じでない点(例えば水準よりも変化率が重要である点など)を考慮して、「期待」の影響と効果が生じる時間を中心に、効果を分類しなおしてみよう。

(1)金融緩和政策が実体経済に効果を現すのは1年半〜2年先
    上の1で見たような①〜⑥などの金融緩和政策の経路が実体経済(非金融法人企業の活動や家計等)に効果を現わすのは(上で触れたように)経験的には1年〜2年程度かかると考えられる。したがって、この意味での「異次元金融緩和政策(質的・量的緩和政策)の実体経済への波及効果は14年3月時点では、まだほとんど現れていない。実体経済に効果が生じるのは、2014年度半ばから2015年度に入ってからということになる。すなわち、現時点で生じている「効果」は、これによるものではない。
        注)なお、金融緩和政策と異なって、金融引締め政策の効果はほぼ直ちに現
            れる。引締めと緩和では金融政策の効果は非対称に現れる

(2)金融緩和政策の金融分野への影響は比較的早期に現れる
    実体経済への影響に時間がかかるのに対して、中央銀行によるマネタリーベースの操作は、直接に金融機関の資金環境に大きな影響を与える。したがって、金融システムの安定化の効果は直ぐに現れる。
    また、金融関連分野・・・広義の金融機関や(市場で言えば)債券市場、為替市場、株式市場などの証券市場等の資産市場への影響は、金融機関等をとりまく環境次第では、実体経済への影響よりも早く現れうる。
    しかし、マネタリーベースに投入された資金が、こうした資産市場に直接流れ込むといったことは、早期にはほとんどない。重不況下では、リスク回避型の投資行動が優先さからだ。だが、資金的な余裕や時間軸効果、ポートフォリオリバランス効果などを通じて、次第に債券市場や為替市場等に徐々に資金が流れ込み始めていく。そして、そうした資金供給はさらに(1)の効果を通じて実体経済へと波及していく。その波及は当初は(特に重不況下では)必ずしも急速ではない。だからこそ実体経済に波及するのに1年〜2年もかかるのだと考えられる。

(3)期待の変化に伴う投機は金融緩和前にすら生じる
    異次元金融緩和によって金融機関に投入された資金のほとんどは、各金融機関が日銀に開設している当座預金口座に眠ったままで、実体経済企業への融資の増加は、当初は微々たるものだし、早期の段階で、その資金が株式市場等に大規模に流入しているわけでもない。
    これまでに見られた株価上昇の主な原因は、むしろ海外等からの投機資金(投資資金)の流入によるものと考えるのが自然である。実際、株価の上昇や円安は、異次元緩和の数か月前から生じている。これは、アベノミクスによるレジームチェンジが、日本経済の成長や円安から輸出拡大に対する「期待を大きくし、為替市場や株式市場等に投資資金が流入したのだと考えられる。
    つまり、この(3)は「期待」による投機的な資金流出入によって生じる効果である。現時点で、異次元緩和政策によって生じている効果の大部分は、これによるものであると考えられる。
    なお、①こうした「期待」の効果は、時間が経てば薄れていってしまうことに注意が必要である。また、②薄れた後に、あらためて期待を上向かせるには、前回よりもはるかに強力な緩和政策が必要と考えられる。

    このように、アベノミクスの第一の矢である「金融緩和政策」にまつわる効果には、おおむね上記(1)〜(3)という3つの区分があり、それらは区別して考える必要がある。
    このうち、現時点で、明確に効果を現していると考えられるのは(3)であり、(1)の効果は未だ出ていないと考えるべきだろう。

3 期待の脆弱性

    上記1の区分のうち(3)の効果は「期待」に基づくものだ。その期待に基づいて流入している資金(特に海外からの資金)が、(2)の効果を生み出す部分も小さくない。
    問題は、この投機にまつわる「期待」の基盤の脆弱性である。この期待は、実体経済に基盤を持たないのだから、それを随時強化する役割を実体経済に期待することは出来ない。したがって、時間が経てば(3)効果は剥落していくと考えなければならない。
    だからこそ、政府も必死で露骨な株価対策(法人税減税、GPIFの運用改革、第3の矢等々)を打っているのだろう。
             注)・・・だが、この政策は株式市場関係者や海外投機家を潤してもいる。公共
                   事業が土建屋を潤すという批判が根強いが、投機家や株式市場関係者だけ
                   を潤すのはよいのだろうか。彼らは東京に住む品がいい人たちだからいい
                   のかな
    
4 消費税増税で景気が予想以上に低下した場合、追加金融政策には限界がある

    以上を踏まえて、消費税増税によって予想以上に景気が悪化した場合の対策を評価してみよう。
    仮に消費税増税で景気が予想以上に悪化した場合、対策には直ちに政策効果が生じる必要があるが、金融政策で直ぐに生じる効果は、ほぼ2の(3)(期待による投機)しかない。上で述べたように、よほど大胆な緩和政策を打ち出せれば、株式市場等には効果があるかもしれない。しかし、それが実体経済には波及するには、1年〜2年はかかる。

(1)金融緩和政策は直ぐに効くか・・・浜田宏一先生
    浜田宏一先生は、消費税増税で景気が予想以上に悪化した場合は、さらに金融緩和政策をとれば、容易にそれから脱出できると考えておられるようだ。この背景には、以下の浜田先生の日経経済教室(2014年4月1日付け)のような観点があるようだ。

・・・株価上昇が新株発行 のコストを低め、投資を促進する。・・・
     さらに株価上昇は借り入れ時の担保価値を上昇させる。金利がゼロでもなぜ貸し出しが増えないかというと、資金に対する需要がないからではなく、貸し手を満足させるような担保を提出で きないからである。株価上昇が銀行の信用供与を容易にするのである。この信用加速の効果は銀行が現金準備にしがみつくのを防ぎ、銀行貸し出しが隅々に行き渡るのを助ける。

    これは、重い不況の原因が企業側の資金需要がないことにあるのではなく銀行が投資案件を(担保などによって)選別しているからだというものだ。このように考えておられるのだとしたら、確かに、株価の上昇と共に、企業の借り入れが増加し、直ちに(少なくとも短いラグで)金融政策の効果が現れるかもしれない
        注)しかし、浜田先生は、浜田・堀内・内閣府編(2004)で、日本の長期停滞
            の原因について「浜田は堀内とは異なり、90年代の企業のパフォーマンス
            は、銀行機能の低下よりも、デフレ下での企業の投資意欲の萎縮によると考
            えている。」(338頁)とのことである。こうした90年代の状況はもう終わ
            り、現在は、「企業の投資意欲の萎縮」は解消されているとお考えなのだろ
            うか。あれば、違いはイミングの問題だけということになる。
              浜田宏一・堀内昭義・内閣府経済社会総合研究所編(2004)『論争 日本の経済危機』日本経済新聞社

    しかしこれは、不況特に大恐慌やリーマン後の世界同時不況などの重不況時の実態と合わないと考える。現在の状況は、単に企業は、需要の将来見通しが低く、投資にリスクが高いと考えるために、設備資金の需要が低下しているのだと考える。
    これは、「財政出動論22 貨幣流通速度と不況期資金余剰」や拙著『日本国債のパラドックスと・・・』で明らかにしたとおりだ。

(2)金融緩和政策の限界
    金融緩和政策に効果があるとすれば、2013年4月から実施した「異次元緩和」の2の(1)の実体経済に対する効果は、早ければ、2014年後半から生じるかもしれない。もう一つは、米国経済の回復で輸出が伸びる可能性がある。そうなれば息をつける。

    しかし、そもそも大恐慌、日本の長期停滞、リーマン後の世界同時不況レベルの重不況で、金融緩和政策が単独で効果があった例はないと考える。金融緩和政策は財政出動とセットの場合にのみ効果があるように見えるのだ(上のⅡの1の(3)「大恐慌期等と金融緩和政策」や、拙著『日本国債のパラドックスと財政出動の経済学』(2013年10月、新評論)第2章参照)。

    もちろん、5年もかかってよいなら話は別だ。今の米国経済は確かに徐々に回復しつつあるように見える。しかし、それには丸5年かかっているのだ。

    しかし、今回の金融緩和は、従来になかった政策「異次元緩和」である。それは、従来とは異なる大きな効果を持つかもしれない。・・・これは、上の1の(2)でみた開始後1年時点の2001年の量的緩和政策との比較を見ると、個人的には現時点で6対4くらいで悲観的である。まだまだわからないが。
    もう一つは、米国経済の復活による輸出の増加の可能性はあると思う。米国が弱い回復から力強く回復していくことに期待したい(・・・米国頼みというわけ。これはこれで情けない)。

5 ここ1,2年の需要分野別の寄与から

   どのような景気対策を取ろうとも、それらの効果は、最終的には、結局、民間消費(+民間住宅投資)の増加、設備投資の増加、純輸出の増加として現れなければならない。また、財政政策のうち政府消費や公共投資は、政府需要の増加として効果を現す。
            注)なお、公共投資の(付加)価値問題については、財政出動論30(三面
                等価の原則と付加価値と財政支出)及び財政出動論31(公共投資、設備
                投資の価値と三面等価)でふれた。
    以下では、消費、設備投資といった個別の需要面の成長への寄与の状況から、異次元緩和下の経済をみてみよう。

(1)GDPを支出(→需要)で見る

    まず、GDPを需要面(支出面)で大きく分けて、それとGDP成長の関係を見てみる。GDPを支出面で見ると、大きく①民間消費及び住宅投資、②民間設備投資、③政府消費及び公的固定資本形成、④純輸出に分けられる。
    これらの各項目が何によって左右されるかを順に見てみよう。

    ① 民間消費及び住宅投資
    これは、直接的には、家計などの所得や物価の動向に左右される。また、失業不安なども影響するかもしれない。民間住宅投資では、これらに加えて金利などの借入条件も影響する。
    また、所得や雇用などは企業の生産動向に左右され、それは③政府需要、④純輸出、さらには②設備投資、①消費の動向自体に(間接的に)左右される。
    なお、設備投資と比較した家計の住宅投資の特色は、設備投資が、金利のほか需要の将来見通しに大きく左右されるのに対して、(民間住宅投資の中で大きな割合を占める)家計の住宅投資には「需要見通し」の問題がほぼないことだ。家計が自ら満足するなら、それだけでよいからだ。この結果、住宅投資は、設備投資に比べて金利のみに左右される程度が高い。

    ② 民間設備投資
    これは、①消費、③政府需要、④純輸出の動向、さらには②設備投資自体の動向の見通しに影響される。また、内部留保などの資金の状況や、外部から借り入れる際には金利などの借入条件に影響される。
        注)標準的には、設備投資を決定づけるのは金利の動向だけと考えられること
            が多いが、実際の企業の設備投資の判断は需要の見通しを第一に見ているの
            だ。
                だが、安定した成長軌道にある経済では、①〜④の動向は、企や分野ご
            とに、それぞれ異なる方向を向いている、その結果、経済全体でそれらを合
            するとそれらの動向は互いに打ち消し合い マクロでは表には現れない。
               結果としてすべての企業の判断に共通して同じ方向の影響を与える金利の
           みが影響を与えているように見えるのだ。
                しかし、重い不況下では、様々な企業、分野に共通して将来の需要見通し
           しは(斉一的に)悲観的になる。これは、経済全体で合算しても相殺されず、
           逆に、設備投資の方向に斉一的に巨大な影響を与えることになる。
              こうなると、金利の影響などはふっとんでしまう。特に 重い不況下(重不
          況下)では金融緩和政策の効果が低下し、その結果、ゼロ金利実現してし
          まう。
               ゼロ金利は、金利が有効性を失った状況でさらに効かない金融緩和を続け
          たことで発生したのであり、実体経済の変化(需要見通し低下)の原因では
          なく、結果だと考えるべきだ

    ③ 政府支出(政府最終消費、公共投資など)
    これは、政治的なニーズに基づく様々な政策上の支出、不況対策としての財政出動に規定される。

    ④ 純輸出(=輸出ー輸入)
    これは、輸出側では、直接的には海外の需要動向、国内企業の競争力、為替レートの動向に支配される。輸入側では、国内消費や生産などに規定される。

◎    以上のように、①〜④は、総需要を構成する点では等価だが、発生や変動のプロセス、メカニズムは、それぞれ大きく異なる。

    ①民間消費と②設備投資は、自分自身のほか、③政府支出④純輸出の動向に自動的かつ大きく左右される。逆に、③政府支出④純輸出の方は、国内の①民間消費②設備投資に自動的に左右される程度が小さい(外生的である)。

    例えば①民間消費、②設備投資が低調であれば、不況対策として財政出動(③政府支出)が行われることもあるが、そのメカニズムは自動的なものではなく、政治的な判断を介して行われる。実際、90年代後半以降、景気対策としての財政出動は、間欠的、かつ不十分にしか行われていない。・・・「財政出動論17 財政出動と抑制の30年史概観」の図1で『公的需要』の寄与を参照。 



    経済が①民間消費、②設備投資に支えられて活況を呈すれば、経済は自立的に発展しているのであり、③政府支出④純輸出は脇役となる。逆に経済やGDP成長率が、③政府支出④純輸出によって左右されているようであれば、その経済は、重い不況の状態にあると言える。


(2)実質GDP成長率への寄与度で2013年を概観する

    まず、3月10日に発表された実質GDP(四半期季節調整済み)の2次速報で、現在の日本経済を見てみよう。

    図3で、黒の折れ線が、実質GDPの対前期比成長率である(4倍するとまあ年率になる)。積み上げ棒グラフが、それぞれ各需要項目別の成長率への寄与度である。この各寄与度を全部足すと、成長率(折れ線)になる。
     データ出所:内閣府国民経済計算(以下のグラフも同様)

    2012年(暦年)
    2013年に入る前に、2012年を見ておこう。

①    民間最終消費と民間住宅投資:2012年7ー9月期の落ち込みを除いて、大きな変動はなかった。

②    設備投資(民間企業設備)と在庫投資:設備投資の寄与は、2012年(さらには年度)中を通じてマイナスであり、2013年を含めて見ても、企業が(平均的には)リスク回避的に行動している(つまり、設備投資抑制的に行動している)ことがわかるだろう。
    なお、債券市場や株式市場などでは、「リスクオン」、「リスクオフ」などと、投資家の投資リスク重視・軽視の変動によって活況を呈する市場が移動する(債券市場←→株式市場)ことが観察され、説明もされている。ところが、現代経済学では、実体経済企業は、金融市場の投資家とはまったく異なり、常にリスクオンで(つまり常にリスクを考えずに)、資金さえあれば必ず設備投資を行うものだという非合理な仮定(=収益最大化原理)を前提として経済学の体系が組み立てられている。・・・あり得ない話だろう。

③    政府需要(政府最終消費、公的固定資本形成、公的在庫):橋本改革、小泉構造改革を嚆矢として、公共投資悪玉論、無効論が支配的となり、公共投資が継続的に削減され続けたことから、建設事業者の事業執行能力が縮小を続けたため、2012年度には、復興のための公共投資予算が増加したが、施工能力が追いつかず、2012年度のGDP成長への政府需要の寄与は十分ではなかった。

 ④   外需(純輸出):2011年3月の東北大震災によって、国内の生産・流通ネットワークが大きなダメージを受けて生産の復興が遅れたこと、さらには、ユーロ圏危機に伴って生じた、安全資産である円への資金流入や、リーマンショック後の米国をはじめとする主要国の超金融緩和に対して、(日本はすでに十分緩和済みと考えて)十分追随しなかったことなどで円高が進行していたことなどから、2012年中の外需の寄与度はマイナスである。

    2013年(暦年)
    2012年12月下旬に第2次安倍内閣が発足し、さらに2013年3月に日本銀行総裁に黒田東彦氏が就任したことから、金融市場や為替市場の「期待」が大きく変化した。まさにレジームチェンジが生じたとの認識が高まったと考えられる。
    その期待の変化は、おおむね金融為替市場や株式市場を中心に影響を与え、株価上昇による評価益の増加が、投資家の消費を拡大したかもしれない。また、異次元緩和による大規模な流動性の供給とそれに伴う将来期待から円安が生じ、輸出採算の向上、海外資産の評価差益を通じて、企業のマインドに変化をもたらしたと考えられる。

(3)消費税増税直前の日本経済を需要部門ごとのGDP成長への影響力で見る
    つぎに、これを、Ⅱの1の②時間軸効果、③ポートフォリオ・リバランス効果、⑤資産価格上昇の資産効果、⑥インフレ期待による実質金利低下などが影響を与える、民間設備投資と民間消費及び住宅投資と、④の為替レートの自国通貨安が影響を与える外需と政府支出に分解してみてみよう。

   ◎ 設備投資、最終消費+住宅とGDP成長
   まず、GDPと、設備投資最終消費+住宅の関係を、2011年(10ー12月期)〜2013年(10ー12月期)の間で見てみよう。 

     これらの項目は、どちらかといえば一国経済の自立的部分である。図4で、これらの項目の合計を青い折れ線で、GDPを赤い折れ線で示している。この差(黄色に塗った部分)は、ここで上げた項目では説明できない部分(つまり、残る純輸出と財政需要分)である。
    ◎ 純輸出と政府需要とGDP成長
    つぎに残る「純輸出」と「政府需要」とGDPの関係を図5で見てみよう。図4に比べ、一見して政府需要と純輸出を合計したもの(青の折れ線)とGDP(赤の折れ線)の連動性が高いことがわかるだろう。
    ◎ 異次元緩和は開始後1年の段階では明確には効いていないことが確認出来る
    上の図4は、図5に比べての折れ線の連関が低い。異次元緩和1年でみると、金融緩和政策で直接民間消費設備投資を動かそうとしても、容易には動かない。この時期にGDPを支配しているのは、純輸出政府支出である。円安の経路以外の「異次元緩和」政策の効果は今の段階では未だ見えていない。

(4)消費税増税後の経済を、これまでの需要部門毎の動向で見る
    (3)の2つのグラフから4月以降を考えてみよう。
    2つのグラフの期間のうち13年4月以降の民間消費の変動は、主に株高による資産効果駆け込み需要によるものと考えられる。このうち駆け込み需要は、確実に4月以降に反動減をもたらす。一方、株高による資産効果をさらに狙うには、昨年春の異次元緩和以上の大規模な緩和政策の発動が必要な状況だと考えられる。

    これに対して、図5の線(財政需要純輸出)は、GDPとの連動性が高い。これは、消費税増税直前の経済が、上の(1)で言えばすなわち外需財政出動によってかろうじて維持されていることを意味している(青線と赤線の差つまり黄色で塗りつぶした分は、①と②の寄与分)。これは、現在の経済が、自律的な成長軌道に乗っているとは言えず、景気は外生的な外需と財政出動によってかろうじて支えられていることを意味する。これは、上のⅡの4の(1)でふれたように、90年代の長期停滞に関して浜田先生自身が「デフレ下での企業の投資意欲の萎縮」と評価された状況は、現在でも変わっていないことを意味すると考える。
    そして、異次元緩和1年後の現時点では、消費と設備投資への影響は未だ効果を(わずかしか)現していない。

    もっとも、上では④と③を並べたが、実際のところ、連動性が高いのは④純輸出である。
    財政出動は、景気対策としては不十分にしか使われていない。また、仮に消費税増税で想定以上に景気が落ち込んだ場合にも、景気対策として、③財政出動は不十分にしか使えない状態となっている。これは、長引く公共投資の削減で、建設業界の供給余力が消滅したためだ。
    一方、④純輸出については、米国経済の回復、中国経済の動向に依存する。

   残るは、リフレ派の期待どおり、昨年春の異次元緩和政策のタイムラグ期間がすぎる。これによって、異次元緩和の効果として②設備投資①民間消費が本格的に伸び始めるかどうかである。


Ⅲ 提言・・・住宅投資に注目すべき

    異次元緩和政策後の日本経済の動向を踏まえて、提言をしてみよう。
    まず、苦言を呈すれば、今の時点の黒田日銀の異次元緩和の手法は、ほぼ国債の買い入れだけである。

(1)効かなかったQE2
    米FRBが行った、QE2(2010年11月開始)は「効かなかった」。その状況を描いたのが、2012年9月時点で書いた「財政出動論23 リーマン後4年間の財政金融政策」である。このQE2では、資金供給の代価としての買い上げの対象は国債だけだった。

(2)効いたQE3ではMBSを買い上げた
    しかし、その後に開始されたQE3(2012年9月開始)は、資産買い入れ額のほぼ半分をMBS(モーゲージ担保証券)の買い入れに振り向けたこれによって住宅資金市場に資金が流入し、それが住宅市場を刺激して、現在の景気回復につながった(と考える)。
    この点については、拙著「日本国債のパラドックスと財政出動の経済学」(2013)でも、その可能性について触れている(24ページ)。

(3)実体経済に資金が流れなければ効かない・・・資金の経路を考慮した緩和政策
    FRB首脳は、「日本の量的緩和」に対して、「FRBの信用緩和・量的緩和」は、資金が実体経済に流れる経路に常に注目して運用している点が違うと発言している。
    米国は、QE2の分析から、実際に資金が実体経済に流れる経路を考慮して、「単純に市場に資金を供給するだけでは量的緩和は効かない」と考えて、QE3に取り組んだと言えるだろう。

    これに対して、日本では、従来の量的緩和も、現在の黒田日銀の異次元緩和(質的・量的緩和)も、あるいはリフレ派の先生方も、単に「市場に資金を供給しさえすれば効果が生じる」という原理主義的、教条主義的な域を脱していない。

(4)だが、日本には買い上げるべきMBSの市場はない(に等しい)
    米国は直接金融の国だし、そもそも、米国は、70年代以降、恒常的に国内の貯蓄が不足している国で、海外の資金の流入によって資金不足が賄われている。だからこそ、資金調達のために様々な債券が活発に発行され、取引市場も厚みがある。
    これに対して、日本は、現在も間接金融のウエイトが高いし、住宅資金も銀行が有り余る過剰資金を抱えているから、住宅ローンのニーズがあれば、単純に貸出で対応できる。だから、MBSなどの市場が実質的にないのも当然なのである。これでは、米国型の量的緩和はできない

(5)英国経済の回復が鮮明になっている=原因は住宅取得促進政策
    英国経済の回復が鮮明になっているが、クルーグマンらが「回復の原因は財政緊縮の抑制だ」というのに対して、緊縮財政派の現政権らが主張するのは金融緩和政策だ。
    しかし、実際は、13年4月から新たに開始され、閣内からも住宅バブルを心配する声が出た「ヘルプ・トゥ・バイ」という住宅取得促進政策のようだ。取得価格の5%の敷金(頭金)があれば、政府が20%、金融機関が75%を貸し付けてくれる。政府分は5年間無利子で、その後も低金利というもの。これは財政政策だが、金融市場の余剰資金を実体経済に流す手段として有効な政策と考えられる。
    これによって住宅市場が活況を呈し、それが経済に波及しつつある。

(6)住宅投資の特殊性
    ◎(重不況下、長期停滞下では)設備投資には金融緩和は効きにくい
    設備投資の判断は、金利などのコストをにらむと同時に、特に現在のような停滞する経済では、企業が見ている市場の需要見通しに決定的に左右される。だから、名目金利がどれだけ下がっても設備投資は増えず、企業は内部留保を積み増すだけになる。
    企業は、資金がないから設備投資をしないのではなく、資金があってもしない。1998年以降、企業(非金融法人企業)は恒常的に資金余剰部門になっているのだ。これは、「財政出動論26 財政赤字の主因は放漫財政でなく設備投資の変動」にあるグラフをみれば明らかだろう。日銀がどれだけ市場に資金を供給しても、企業は借りてくれない。したがって、金融政策の効果は、実体経済にはなかなか波及しない。

    ◎住宅投資には容易に効く・・・住宅投資の性格から
    これに対して、家計の住宅投資には、需要見通しの判断はない。家計自身が満足すればよいからだ具体的には、住宅を持たない世帯や古い住宅に住む世帯の住宅に対する潜在的ニーズは高い。ただ、お金が足りないか、借りられないか、あるいは将来の雇用不安を抱えて借金できないと考えるために、それが需要として顕在化していないのだ。
    だから、設備投資とは異なってそうした阻害要因を軽減してやりさえすれば(資金調達の条件を緩めてやれば)、住宅投資需要は容易に上昇する。

    そこへ資金が流れ、それは施工業者の賃金、材料、資材、建設器具・機械などの費用としてほぼ100%実体経済に流れていく。
   こうした住宅投資の特性を活かす需要不足対策については、拙旧著「重不況の経済学」でも米国を例にふれている(316ページ)。

(7)提言住宅取得促進政策
    ということで、仮に今後の景気回復が思わしくないなら、次の対策として、住宅取得促進政策の強化に目を向けるべきだ。具体的な内容は、米国のようにMBSの市場が発達していないため、英国型の「ヘルプ・トゥー・バイ」のような政策が現実的だろう。これにさらに税制をからめてもよい。どちらかというと、これは財政政策になるが、金融分野との連携が必要だ。