2014年10月9日木曜日

New Economic Thinking8 現代経済学の不況の議論の大半はワルラス法則を満たしていない

新しい経済学8 〜現代マクロ経済学の不況の議論の大半はワルラス法則を満たしていない〜
(関連)→ New Economic Thinking  2
改訂:261022 リーマンS後の財政政策の効果についての実証研究の状況を「注」として挿入。261011 表現をわかりやすく修正

    ここで、「新しい経済学」シリーズのNew Economic Thinking1〜8(特に2)を踏まえて、表題のような(暫定的)結論を書くことにします。 〜引き続き、知的ゲームと思って考えてみて下さい〜
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    さて、ワルラス法則は、均衡に係わる概念の一つであり、同種の「セイ法則」や「一般均衡」が、常には成立しないと考えられているのに対して、会計法則のように常に絶対的に成立する法則である。
        注)だから、ケインズが「不完全雇用均衡」の存在を証明しようとしたとき、
            それはワルラス法則に反するという決定的な批判があり、その問題を解決
            するために、その後R.クラウアーが「二重決定仮説」を提案したという話
            は「New Economic Thinking2でもふれている
           
    経済学者の多数派は,短期では、財・サービス市場に需要不足が生じ、セイ法則が破れることを認める。しかし、財・サービス市場の需要不足は認識されていても、それが他の市場たとえば資産市場に与える影響は視野の外である。
    セイ法則が破れている世界で、その世界が従うのは(常に成立している)ワルラス法則である。したがって、セイ法則が破れているなら、それまで考慮してきたセイ法則による制約は、依然として成立しているワルラス法則による制約の考慮に引き継がれなければならない。
    ところが、セイ法則の破れを認識した状態で、経済学者の思考はそれ以上に進まず、停止してしまっている。その結果、ワルラス法則を無視した議論かつ(ある意味で)セイ法則の制約が外れたことを認める一方で、その結果として、それ以外の何の制約も考慮しない思考が、不況対策の議論を支配している。

    ワルラス法則とは、上で述べたように、すべての商品市場(財・サービス、土地、貨幣、債券などの資産市場、労働などの生産要素市場といったすべての市場)で、どこかの市場に超過供給があるなら、他の市場で(あるいは複数の他の市場の合計で)それと同規模の超過需要がなければならないというものだ。つまり、ワルラス法則による制約とは「New Economic Thinking2 資金循環とワルラス法則基盤の新たな体系」で見たように、財・サービス市場に需要不足があるなら、他の市場の合計で(財・サービス市場の需要不足と)同規模の超過需要がなければならないということだ。

    このとき、不況つまり財・サービスの需要不足(超過供給)下で、超過需要が生ずる他の市場がどれなのかを見てみよう。まず、生産要素市場のうち、たとえば労働市場では財・サービスの需要不足に連動して労働力は需要不足となるし、資本市場でも新たな設備投資が抑制されるからやはり需要不足で資本は超過供給となり、候補から外れる。
    したがって、残るのは資産市場だけである。そして、不況下では、取引先の突然の破綻の恐れの増大などリスクが増大する中で経済主体が(リスクへの備えを)重視するようになるなどが原因となって、資産の流動性や価値の保存性などの諸々の条件が考慮が強まるため、緊急の換金性(=流動性)に問題のある土地は避けられる。また、株式市場は、不況による企業業績の悪化、成長見通しの低下で、資金が流入する理由は弱い。したがって、超過需要が発生する市場は、貨幣市場と債券市場にほぼ絞られる。また、債券市場のうち、社債市場は、企業の設備投資縮小で社債の発行自体が減少する傾向がある。
    つまり、財・サービス市場の需要不足(供給超過)に対応して、(ワルラス法則によって)超過需要が生ずる市場とは、おおむね貨幣市場と債券市場(特に国債市場)である。

    この結果、貨幣市場と債券市場では、財・サービス市場で使われなかった購買力が資金の形で流入して、資金はだぶつき、債券価格は上昇して債券金利は低下する(特に国債で)。また貨幣市場でも貨幣の価格は上昇(したがって普通預金金利は低下)する。
        注)なお、貨幣市場と債券市場の関係については、New Economic Thinking
2(資金循環とワルラス法則を基盤とする新たな体系)」で 不況と「資
 としての貨幣」対「取引の媒介物としての貨幣」』(この項目名ないし
 その一部で検索ください)のあたりを参照。

    こうして、債券市場と貨幣市場に資金(購買力)がだぶつくため、債券の超過需要で金利は低く維持される。したがって、政府支出の財源を得るために国債が発行されても、その発行規模が財・サービス市場の需要不足の規模を下回る限り、債券市場の資金需給は逼迫せず、金利もおおむね上昇しない。つまり、「不況下」では、次の状況となる。

    ① 政府の国債発行は安定化し、国債の発行金利も低下する。
    ② 資金面で政府資金需要と民間の資金需要は競合せず、クラウディング・アウ
        が生ずることはない。
    ③ 債券市場で資金不足になることはないため、海外資金が超過流入することは
        ない。したがって、自国通貨高も生じないため、輸出の減少が財政出動の効果
        を相殺することもない。つまり、マンデル=フレミング・モデルでいう自国通
       貨高による輸出減少で財政出動の効果が相殺されることはない。
    ・・・などだ。

     とすれば、現在、国債発行の問題や財政出動の効果に関して議論されていることは、「不況下」では意味のない議論だということになる。
    だが、現代マクロ経済学の現在の不況の議論では、理論的可能性としては、(意味のない)これらの3点は必ず掲げられる。しかし、それらは、ワルラス法則によって理論的には「不況下」では生じない。
    もっとも、在庫循環のような軽微な短期の景気変動では、財政出動の認知ラグ、決定ラグなどのラグ(出動の遅れ)によって、不況からの回復期の後半から好況期に財政出動の時期が重なり、これらの現象が生じる場合はある。
    しかし、大恐慌、日本のバブル崩壊後の長期停滞、リーマンショック後の世界同時不況のような重い不況(重不況)は、中長期に停滞が続くため、こうしたラグの問題は小さい。
          注)実際、リーマン・ショック後の実証研究により、景気後退下特に「ゼロ金
              利下」では予想以上に財政政策の効果が高いことを示す結果が2010年頃から
              続々と出てきている(例えば、Auerbach & Gorodnichenko 2011など参照
                  そしてついにIMFも、2012年10月の「世界経済見通し」WEO第一章で
              財政乗数の再評価結果を示し、IMFが従来は財政乗数を2分の1から3分の1
              程度に過少評価していた可能性が強いことを明らかにした。

                     Auerbach, Alan J.  and Yuriy Gorodnichenko 2011Fiscal Multipliers in Recession
                   and expansion, NBER WORKING PAPER SERIES (17447).


    以上は、短期の需要不足でセイ法則が破れている状態を、ワルラス法則に従って眺めれば自然に導かれることだ。ところが、セイ法則が成立することを前提に組み立てられている現代マクロ経済学の長期の基本モデルでは、この短期の問題を体系的に扱うことは出来ない。現代マクロ経済学で不況などの「短期の問題」を扱うには、その基本モデルとなる長期の体系に、つぎはぎで付加的な要因(市場の不完全性、価格の硬直性など)やモデルを追加することで対応してきた。しかし、それには限界があることが、リーマン・ショックで明らかになった。
    したがって、(見方によっては現状から一歩後退ということになるが)経済学の基本モデルを、セイ法則を基盤とする体系から、ワルラス法則を前提とする経済学体系に移行すべきと考える。さもなければ、短期の経済変動の問題を的確に論理的な整合性、体系性を持って扱うことはできないと考える。

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(タイトルに関して、ワルラス法則を満たしていないわけがないとお考えの方は、根拠を示してご指摘ください(New Economic Thinking1でも書いたように、ツィッターで「@KitaAlps」あてにつぶやいていただければ1〜7日以内に認識できます)。「ワルラス法則を満たさない」という結論の前提は、「New Economic Thinking  2」にいくつかの定義(注)とともに根拠を比較的詳しく述べています。それを見ていただければ、つっこみの材料が見つかるかと思います。
                注)定義関連の問題としては、①ワルラス法則を市場間の資金の流出入で
                    捉える点、②需要不足に関する定義③貨幣と貨幣市場に関する定義
                    どがあり、つっこみどころです。ただ、これは、そうした定義を踏まえ、
                    た体系が全体としてどちらが、よりよく現実の経済を説明できるかで優
                    劣が判断されるべきものだと考えます。もちろん、致命的な問題があれ
                    ば、それはまた別ですが。


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◎最後に、もし、この内容に係わる何かについて(特にペーパーに)書かれる場合、何がしか参考になる点がありましたら、参照文献として拙著『日本国債のパラドックスと財政出動の経済学』(新評論、2013)を上げていていたければ幸甚です(なお、このページだけでなく、このブログの「New Economic Thinking(新しい経済学)シリーズ」に書かれていることは、ほぼこの本に書かれています。また、「財政出動論シリーズ」に書かれていることの大半も同様です)。