2014年10月9日木曜日

New Economic Thinking7 動学的効率性・非効率性の議論は意味がない


New Economic Thinking7       〜動学的効率性・非効率性の議論は無意味だ〜

    経済が「動学的効率性」を満たすとは、「投資収益率(利子率)が経済成長率を上回っている」ないしは「純資本所得が投資額を上回っている」状態だとされる。
    経済が「動学的効率性」を満たしていない(動学的非効率性の状態)とき、資金は非効率に使われていて利子率も低いため、その資金を政府が借り入れて支出(財政出動)すれば、現在と将来時点の両方の経済が効率化する。仮にこれが成り立っているなら、財政出動資金を国債で調達しても、財政の持続可能性は維持される(井堀他[二〇〇〇]一〇頁)。だが、実証研究では、日本の長期停滞期の経済は動学的効率性を満たしている(田中[二〇〇五]など)。

        井堀利宏、加藤竜太、中野英夫、中里透、土居丈朗、佐藤正一[2000]「財政赤字の経済分析 :中長期的視点からの考察」『経済分析 政策研究の視点シリーズ 16』経済企画庁経済研究所(2000 8月)
        田中宏樹[2005]「政府投資活動の動的効率性に関する実証分析」『フィナンシャル・レビュー』 第 79

    しかし、そもそも、この観点は、基本的に長期の新古典派的な枠組みが前提となっており、・・・貯蓄は全額が企業に借り出され設備投資になることが仮定されている(つまりセイ法則が成立している状態を仮定している)。したがって、これは需要不足がない状態で、(長期で)現在と未来の資金配分の効率性を捉えるものだ

    つまり、動学的効率性は不況とは無関係に成立しうる。そもそも動学的効率性とは、セイ法則が成り立つ長期で使われる概念であり、不況や長期停滞などの「短期の」問題にこれを適用する意味はないと考える
    つまり、これを使って不況下の財政出動の問題などを考える意味はない。

    この問題については、拙著『日本国債のパラドックスと・・・』(2013)でもう少し詳しく説明している(150〜152ページ)。